第9話 ゆけむりとめぐるおもい②


 寮に外出届を出したあと、私は麗奈の屋敷までの道のりをスキップしながら向かう。

 今は5月のなかばで、春の陽気どころか夏の前借りみたいなだるような暑さが世界を支配している。


 一泊二日とはいえ、少し荷物を大きくしすぎたかもなあ…とバッグの重さに不安をひと乗せして、私は麗奈の住む屋敷に辿りつく。

 すると、屋敷の門の前には待っていましたと言わんばかりの、黒塗りの高級車がそこに鎮座していた。


 わわ、何事だ何事だ?と更なる不安が私を襲うと、私の背後にお馴染みの声が投げ掛けられる。


「おはようございます、結稀さん」

「あっ!麗奈おはよーーっ!!ってどしたのその格好!?」


 麗奈の声を聞いて、すぐに身体をひるがえすと私は麗奈の姿にぎょっと目が飛び出した!

 だってそれもそのはず…麗奈の姿は、女児向けアニメの魔法少女の姿をしていたから!


 ほんとになんで!?


「え、結稀さんが好きって言っていたので…この衣装を頼んで着てみましたが、どこか変でしょうか?」

「いや、その…変もなにも」


 変としか言いようがないよね!?

 

 麗奈の姿は私が以前好きだと言っていた、日曜朝9時にやっている女児向けアニメこと、魔法少女リリィの主人公リリィの衣装。

 といっても、私が見ていたのは子供の頃の古いもので、リリィは個人的に一番好きなやつだ。


 白を基調としたフリフリのドレスにニーソ、腰に付けられた化粧ポーチをした変身バンク。

 リリィは麗奈みたいに儚げな印象のある可愛い子で、麗奈とリリィって似てるなぁなんて思てたけど、いざ着てみたらこんなに似合うなんて!

 

 変とは言ったけど正直めっちゃ可愛い。

 というよりめっっちゃ好き!!

 けど、どうしてリリィの格好してんの!?


「お嬢様、やはりその格好での外出はいささかどうかと思います」


 私がパニックになっていると、その横に割って入るようにスーツの似合うイケメンが麗奈に言った。

 この人は確か…麗奈の側付そばつきの柳生やないさん、だっけ?


 初めて屋敷に来た時に一度だけ挨拶をした事がある。

 低い声に中性的な顔、それにキッチリとスーツを着こなしてるのを見るに男の人だと勘違いされがちだけど、柳生さんは女性だ。


 麗奈に説明された時は、私はその事実に驚愕した。

 だって完全に男だと思い込んでたし、何より黒のスーツが似合いすぎてて女性とは信じられなかったから。


 そんな柳生さんも思うところはあったのか、麗奈のリリィ姿を指摘すると麗奈はむっとした表情を浮かべた。


「で、でも結稀さんが好きって言ってたんですよ?」


 麗奈がそう言って、柳生さんは表情一つ変えずにチラリと私を見た…。

 なんだろう、表情変わってないのに困惑してる感じが伝わってくる。


 というより、麗奈の言い分には私もちょっと困惑していた。

 確かにリリィは好きって言ったよ?言ったけどあくまで作品の内で、という話だよ!?


「それは作品が好きという話では?」


 私がそう思っていると、柳生さんは心を読んでいたかのように代弁してくれる。

 すると、麗奈も分かっていたのか…一瞬たじろいで後ずさると、しゅんと悲しそうにうつむいた。そして。


「結稀さんが喜んでくれると思っていたのですが……そんなに駄目でしたか」


 溢れ出るような小さな声で麗奈はそう言ったのを…私は聞き逃さなかった。


「……え?」


 私のために?リリィの格好を?

 もしかして私が好きって言ったから、喜んでくれると思って…わざわざ衣装を頼んで着ていたの?


 え、なにそれ…可愛いすぎない?

 なのに、私ってば最低な反応をして…麗奈を悲しませた?


 俯く麗奈の姿を見つめながら、私は震えた。

 だって、麗奈がこんなにも私を思ってくれた事が嬉しかったから…それに、そんな麗奈が大好きだって!可愛いって思えた。

 なら、やることは一つしかないじゃんか!


「麗奈っ!」

「え、結稀さん…って、きゃっ!」


 下を向く麗奈に、私は問答無用で抱き付く。

 小さな悲鳴が耳元をかすめると、麗奈は目を白黒させながら私を見つめていた。

 そんな麗奈を見て、私は特大の笑顔を浮かながら。


「もぉ〜〜!ほんっっと麗奈ってば好き!!」


 好きを伝えた。


「可愛い可愛い可愛い!!私の為にリリィのコスしてくれたのほんっっとに嬉しい!!麗奈のことほんっとに愛してる!好き好き大好き!」

「え?えっ…!?ええ!!?」

「今の麗奈ほんっとに似合ってる!可愛いくて持ち帰りたいくらい!」

「も、持ち帰りたいくらいなんですか!?」


 ぎょっと驚く麗奈に、私はうんうんと頷いて肯定する。

 そしてそのまま私は麗奈を持ち上げると、クルクルと回りながらたかぶる感情のまま麗奈に言う。


「麗奈のことまた好きになっちゃった!初めて会った時からそうだけど…まじで大好き!」

「わ、わかりました!わかりましたから!お、降ろしてください!」

「あははっ!やだーー!!」


 それからクルクルと回り回って、流石に疲れたから麗奈を降ろすと。麗奈は目をぐるぐると回して力尽きていた。


「きゅう〜〜…」

「あははっ、やりすぎちゃったかな」


 てへっと舌をぴょこりと出して、すこーしだけ反省する。

 私は、力尽きてる麗奈の元へと近付いて、顔をよく見るために少しかがむ。


 麗奈ってば、ほんと顔がいいなぁ。

 改めて見ると、やっぱり麗奈の顔はすごく整っている。

 色素の薄い亜麻色の髪と白い肌、まんまるな瞳に長いまつ毛…全部が全部整っていて、綺麗で羨ましい。


 そんな、美少女が私の喜ぶ姿を見たいためにコスしてくれるなんて言ったら、人は信じてくれるかな?

 うーん…それはないかな、だって信じられないんだもん。


 ほんと、麗奈と仲良くなって良かった。

 

 ひたいに差し掛かる亜麻色の髪を手でどけて、私は唇を近付ける。

 これは、親友の証だ。

 私が出来る限りの…特別の証明。

 ここまでのスキンシップなんて、多分これから先…麗奈以外にしないと思う。

 

「……え?」


 麗奈の声が耳に入る。

 けれど、その声を聞いてなお、私は止まらずに…その小さな額に唇を付けた。


 ちゅっと音が弾ける。


「………へぁっ!?」

「えへへっ!どう?びっくりした?」


 悪戯っぽく笑って、ピースピース!ってVサインをして揶揄からかう。


 私は、友達として麗奈が好きだ。

 だから、麗奈に会えて良かったって心の底から思ってる。

 

 額に口付けた唇に、そっと指を当てて私はにんまりと幸福感に酔いしれるのだった。



「お二人共、シートベルトはしましたか?」

「はい、大丈夫でーす!」

「……はい」

「それでは発進しますが…お嬢様、先ほどから上の空ですが大丈夫ですか?」

「……はい」


 バックミラー越しで私を見ながら、柳生さんが何かを言っています…。

 ですが、今の私には何も届きませんでした。

 ぼーーっと石像になったみたいに呆けて、時折返事は返しますが、正直会話の内容は全く覚えていません…。

 それくらい、先程は衝撃的でした。


 昨夜、私はある問題に直面しました。

 それは、何を着ていくか?という至極シンプルな問題です。

 

 私は友達と外出する為の服を持っていません。

 そもそもの話、私は友達がいなかったのですから当然その手の常識を、私は知りませんでした。


 故に、明日はどういう服を着ていけばいいのか分からない!という問題になり…。

 私は焦りに焦った結果…導き出したのが、前に結稀さんが言っていた、まほーしょうじょ?という衣装を着る、という結論でした。


 これなら完璧でしょう?

 結稀さんが大好きなキャラクターの衣装、尚且つこのリリィの衣装は相手の目を引くので目立つこと間違いなしです!

 結稀さんも喜んでくれるに違いない!そう、思ってたのですが……。


 結果は柳生さんに止められる始末…結稀さんも意外だったのか凄く驚いていました。


 それに…さっきの、さっきのあれはなんなんですか!!

 結稀さん、さりげなく私の額に…き、きききキスをしましたよね!?


 あれだけ好き好き言ってきて、あんなに褒められて!

 なんなんですか、なんなんですか!なんなんですかぁっ!!


 あーもう、あ〜〜〜も〜〜〜う!!

 心の奥がすごく痛くなる…!ドキドキって脈打って、結稀さんの顔がまともに見れなくなる!

 それに、顔も熱くて…真っ赤に染まっていないか心配です…!もしも結稀さんに知られたらまた好きって言ってくるに違いありません!


 もう、もうっ…もう!!

 結稀さん…結稀さん!結稀さん!!


 頭の中が結稀さんでいっぱいになる…もう、あなたのことし考えられない!あなたのことしか考えてない!!

 その突飛な言動に、妙な勘の鋭さ…!太陽にも負けない元気に…スキンシップの激しさ。


 だめ…私、ほんとに…おかしくなる。


 額にそっと指を添える。

 まだ先程の温もりが残っていて、思い出そうとすれば、あの柔らかさが鮮明に脳裏に浮かびます。

 

 小さくて柔らかい…結稀さんの唇。

 キスをされた時…額を撃ち抜かれたような、そんな衝撃がありました。

 脊髄をなぞるような…表現しがたい、快感にも似た感覚が走り去っていくような…。


 思い出しただけでも…お腹の奥がじんじんとむず痒くなります…。

 なんなんでしょうか…この感じは?

 

 結稀さんを思えば思うほどに強くなって…考えれば考えるほど引き返せなくなる。

 もう、今でさえ無心になるのがやっとの状況で…今の私は、今すぐにでも結稀さんに触れたいって思ってるんです。


 変ですよね?今まで人に触れようなんて思わなかった私が…結稀さんに触れたいだなんて。

 でも、もう…ほんとうに、むりです。むりなんです…。


 あれだけ好きって言ってくれて…嬉しかった。

 喜んでくれると思っていたから、その通りになってくれて本当に良かった。

 結稀さんに出会って、まだ二週間も経っていないのに…私は本当に、結稀さんのことが。


「   」

「…ん?なにか言った?」


 車窓を眺めていた結稀さんが、くるりと私の方を向いて相変わらずの笑顔を向けています。

 差し掛かる太陽の光が…結稀さんの髪をキラキラと輝かせています。

 

 その輝きに…私は眩さを覚えながら、にこりと微笑んで言いました。


「いえ、何も言ってないですよ」

「そうなの?それより、よかったの?せっかくリリィのコス似合ってたのに…制服着るなんて」


 リリィの格好は車に乗る前に着替えました。

 柳生さんの言う通り、あの格好では人の目に付きますから…。

 結局、外行の服が分からない私は学園の制服に着替えたのです、まぁ無難なチョイスだと思います。


 とはいえ、結稀さんは少しだけ残念そうでした。

 私自身…リリィの格好は少しだけ気に入っていたので残念ではありますが…。

 目的であった結稀さんに喜んでもらう事は既に達成できたので良しとします。


「いいんです結稀さん、あの格好は目立ちますし…それに、また…あの格好をしたら結稀さんは好きって言ってくれますか?」

「!…あったりまえじゃん!!あんな可愛い姿を私だけが独り占めできるなんて、それもう最高じゃない!」

「…ありがとうございます!」


 ああ、胸の内が…満たされていく感覚がする。

 あなたの笑顔を見てると、こんなにもドキドキするなんて…。


 結稀さんにキスしたい。

 結稀さんに触れたい。

 結稀さんのものになりたい。

 結稀さんのとなりにいたい。


 すき、すき…すきすき。

 もう、気付いたら止められない…止まらない。

 

 崩れた心のダムから、濁流だくりゅうのように感情が押し寄せてくるのを肌で感じました。

 一泊二日の…温泉旅行。

 私と結稀さんだけの…二人だけの時間。


 今日、私はこたえないといけない…。

 結稀さんが好きって…告白を受け入れないといけない。

 今更かもしれませんが…遅いと思うかもしれませんが…!


 結稀さん…あなたが好きです。



温泉回なのに温泉一切出てないのすみません…次回こそは温泉出てきます。

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