第7話 ドキドキムカムカお嬢様


 あれから数日がち、私達の関係は途切とぎれることはなく。私達は周囲に注目されながらも、友達として学園生活を過ごしていました。


 結稀さんは相変わらず私との結婚を諦めていないようで、隙さえあれば何度でも『好き』を私に伝えてきます。

 流石に何度も伝えられていると耐性が付くもので、結稀さんの好き好きコールにれたものの…時折見せる突飛とっぴな行動や、スキンシップには驚かされてばかり。


 それに、私自身心境の変化がありまして…。

 あれから結稀さんから離れようなんて思う事は考えなくなりました。

 だって、結稀さんはずっと私の隣に居るので慣れてしまったからです。


 昼食を取る時はいつも一緒ですし、信じられないことに移動教室の時は喋りながら移動もします…。

 授業中ペアを組む事になっても、必ず結稀さんが隣にいますから。


 そういえば…結稀さんが来てから私は本を読むことが無くなりました。

 一人でいることが減ったので、読む時間がなくなったのもそうですが……一人でいる時も読まなくなったのです。

 それはなぜか?と問われると恥ずかしいもので、実を言うと屋敷に居る時は結稀さんの事ばかり考えているんです……はい。


 だって仕方ないじゃないですか…!

 結稀さんの行動は理解不能ですし、私の常識を破壊してくるんですから、イヤでも脳裏に浮かんで考えてしまうものなんです!!


 ……おっほん。

 私らしくもなく声をあらげそうになりましたが、まあ結稀さんとの学園生活はそれなりにと、そう思っています。


 それでは、さて…そろそろ時間なので行かなければ。


「では、柳生やないさん行ってきますね」

「はい、行ってらっしゃいませお嬢様」


 身支度を整えて、私は玄関で見送る柳生さんに礼をしてドアノブを手に掛けます。

 そして、ドアの隙間から朝の陽光が私に差し掛かると同時に、隙間から太陽のように輝くの声がするりと入ってきました。


「おっはよう!麗奈ー♪」

「ええ、おはようございます結稀さん」


 声の主は結稀さん。

 数日前に電話をしたことをキッカケに、なぜか毎朝私の屋敷に来てくれるようになりまして…それから一緒に登校するようになったのです。


 寮からわざわざ屋敷に来るなんて行動力と時間の無駄ではあるのですが、当の本人は気にもしない様子で、疲れている気配もありません。

 私の屋敷に毎朝来るようになったのは、私ともっと仲良くなりたいから…で、そこに悪い気はしませんでした。


 いえまあ、その…少しは嬉しいと思っていますよ?ええ。


 手を大きく振る結稀さんに、私も小さく手を振ってこたえます。

 ほのかに頬がゆるみながら、私は結稀さんに近付くと、いつものように結稀さんは大きく両腕を広げました。


「ま、またですか!?」

「えっへへ♡麗奈ーすきだよー!!」


 はいぎゅう〜!と結稀さんは声をあげて、大きく広がった両腕が私の身体に抱き付きます。

 私よりも大きな身体に抱きしめられて、私は「きゃうっ!」と小さな声がこぼれました。


「〜〜も、もう!いつも急なんですよ!」

「あはは♪麗奈ってば、まーた照れてるじゃん!可愛いなぁ〜♪」

「か、かわいいっ!?」

「うん、麗奈はすっごく可愛いよぉ♪」


 結稀さんは私に密着みっちゃくしながら、そんなことを言います。

 体勢が体勢なので、私の耳にささやくような形になっているので結稀さんに「かわいい」と言われるとすっごくゾクゾクします…。


 背中の神経を優しくなぞられてるような、なんというか腰が砕けそうになるようなそんな感覚でした。


「と、ところでっ…!学園に間に合うのですか?こうしてる場合ではないと思うのですけど?」

「ん?…あっ、ほんとだ!少し急がないと間に合わなくなっちゃうね、これ!」


 結稀さんに抱きしめられていた私は、逃れるように時間を指すと既に時間はギリギリでした。

 結稀さんは思い出したように慌てると、私の手を取ります。

 あったかくて柔らかい、女の子の手…。


「ほら行こっ!」

「は、はい!」


 燦々さんさんきらめく笑顔で結稀さんは私の手を引きます。

 その笑顔は、なぜかいつもより輝いて見えてしまい…私は思わず目がくらんだのではないか?と疑う程でした。


 キラキラとラメが入っているように綺麗で、元の美しさも合わさって心臓が思わず大きく跳ねてしまいそう…。

 というより、心臓の鼓動がなぜか凄く速くて…結稀さんを直視できません!


 な、なんなんでしょうか…これ?

 

 結稀さんに手を引かれながら、私は心臓の位置に手を当ててきゅっと唇を噛みました。

 視線の先には結稀さんの背中…女の子の背中です。


 その時はなぜか、なぜか知りませんが…。


 すごく、ドキドキしました……。


◇◇◇◇


「すみません、私お手洗いに行ってきますね」

「うん、じゃあ私ここで待ってるから」


 昼食も終わって、麗奈はそう言って立ち上がると廊下の方へと消えていって私は一人になってしまった。

 

 ぽつんと取り残された私は、どうしたらいいのか分からずにキョロキョロと辺りを見渡してみる。

 今更なんだけど、ここって超が付くほどのお嬢様学校なんだよねぇ〜…。


 右も左もお嬢様だらけ…というか、麗奈もかなり有名な企業のお嬢様なんだけどさ。

 みんな、私とは真逆な人間ばっかりだ…。


 ずっと教育を受けた賜物たまものなのか、品の良さが常識のようにそなわっているし、常に余裕さを感じられる。

 対して真逆の私はそのに入れずに、なんだかぎこちない思いをしていた。


 例えるなら、歯車が噛み合わないって感じなのかな…。

 麗奈や春乃ちゃんは一緒にいて楽しいんだけど…このクラスの人達とはなんだか一歩引いた距離で見られてるせいもあって、仲良くしづらいんだよね…。


 とは言っても、そんな事は言っていられない。

 クラスメイトとは仲良くしていきたいし、これから先、麗奈しか友達がいなかったら絶対に後悔すると思う。

 というより、人と仲良くしてなきゃ…ダメだし。


 私はいい思い出のない金髪をぎゅっと握って、うつむく…。

 思い出すのはあまりいい思い出ではない過去の記憶……それから少し嫌な気分になった私は、頭をぶんぶんと振って自分を取り戻す。


 よし、弱音を吐いてはいられないよね!目指せ友達100人!!クラス全員と仲良くなるぞー!おおーーっ!!


 私は決意を決めて席に立ち上がると、まず最初に目に入った三人の女子グループへと近付いた。

 一人の女の子が何か本を読んでいて、あとの二人が覗き見るように見て、興奮気味に何かを言っている。


 そんな三人に、私は声を掛けた。


「ねぇ!何見てるの?」


 ひょいっと三人の隙間から本を覗き見る。

 三人ともすごく驚いていて、ぎょっと目を見開いて私を見ていた。そんな驚かなくてもいいじゃん……。


「え、えと…柴辻しばつじさん、ですよね?」

「うん、柴辻さんダヨー♪」

「えっと、私達になにかご用でしょうか?」


 少し警戒けいかいされているのか、声を上げた二人は今にも逃げ出しそうな雰囲気があった。

 私はその雰囲気を察して「まってまって!」と引き止める。


「いやその、三人ともすっごく熱中してたから気になってたんだよ〜!それに、仲良くなりたいなぁって思ってたしさ!」

「そ、そうなんですか…?」


 おずおずと、二人の影に隠れていたもう一人に聞かれて私はうんうんと頷く。

 すると、三人は困惑顔で互いを見つめ合うと…視線を私の方に戻した。


「あの、もしかして柴辻さんって…なんですか?」


 へ?こっち側?…なんだかよくわかんないけど、こういうのは肯定した方が話が進みやすいから。だから…。


「うん!そうだよ!」

「…!!そうなんですね!な、なら柴辻さんも一緒に見ませんか!?」

「まさか柴辻さんも私達と同じ趣味を持ってたなんて!」

「意外です!!」


 うっ…実は嘘ついてますなんて言えないなぁ…。

 あはは…と苦笑いしながら、態度が柔らかくなった三人に勧められて、私はその本をのぞき込んだ……。

 

 瞬間。


「こ、これって…!」

「うふふ…この新刊、とっってもとうといですよねぇ……!」

「距離感の近い陽キャと孤高のお嬢様の勘違いから始まる百合!!」

「とっても最高ですわ…!」


 恍惚こうこつとした表情を浮かべる三人に対して、私は石のように固まっていた。

 それもそう、だって三人が夢中になっていたのは女の子と女の子が…えと、え…えっちなことしてる……漫画だったから!!


 漫画に描かれているのは、陽キャな女の子がお金持ちのお嬢様にめ寄られて、裸で絡み合うえっちなシーンだった。

 お互い顔を真っ赤に染めていて、指を絡めながらお互いを求めあうシーンは流石にこっちが恥ずかしくなってくるくらい過激だ…!!


「わ、わわっ…こ、これ!?え、えっちなやつじゃん…!!」

「……柴辻さん、確かに過激なシーンだと思いますが、これでもまだまだマイルドな方なんですよ?」


 え、ま…まじ!?

 これでえっちなやつじゃないの!!?


「ですがとても尊いですよね…!なんと言っても、ヒロインの子が自分の気持ちに気付き始めるのが良いんですよ!!」

「今まで気持ちに気付かなかったのに、気付いた途端にグイグイ始めるのが最高ですよね!」

 

 きゃー!と三人は興奮気味にかたりながら一斉に私の方を見た。

 うふふふふ…と怪しく笑う三人は、まるで私をへと染めるような勢いの笑みだ。


「柴辻さんは…どのようなシチュエーションが好みですか?スールモノやラブコメ、それとも人外?SMやヤンデレと言った様々なジャンルを知っているので、柴辻さんの好みがあるかもしれません…」

「うふふ…柴辻さんも私達と同じだったなんて、すごく意外ですが嬉しいです」

「さぁ、私達と語り合いましょう……!」

「へ…?あっ、ちょっと!?ま、まっ!!」


 ぬるぅっと三人の手が私に迫り来る…!

 沼に引きり込む勢いのその手に絡め取られ、私は特大の冷や汗を流しながらなんとか謝ろうとした。

 けど、今更「嘘でした!」って言ったところで、三人は私を引き摺り込もうとしてくるかもしれない!!


 あれ?これってもしかして詰んでる?


「「「さぁ、一緒に!!」」」

「わ、わああああああ!!」


 ぐいーっと体を引っ張られて、私は死を覚悟する。

 けど、どれだけ目を瞑っていても…何か起きるようなことはなかった。ただ静寂だけが訪れて、私は思わず目を開いた。


 私を沼に引き摺り込もうとした三人は、固まっていた。

 私ではなく私の背後に向けて、驚いたような表情で石像みたいになっている…。


 一体、どうしたんだろう?

 私は不思議に思って振り向いた…途端、私も三人同様にピシリと石像と化した。


「随分と、楽しそうですね?」


 私の背後には麗奈が立っていた。

 なぜか貼り付けたような笑顔を浮かべて、麗奈は低い声で私に聞く。

 今の麗奈は、すごく…いや、めっちゃ怖かった。


「れ、麗奈…戻ってたんだ」

「はい、ついさっき戻ったのですが……随分と楽しそうだったので、今こうして声を掛けているのですが……結稀さん」

「は、はいっ!!」


 背筋が凍るほど冷たい声で呼ばれて、私は飛び上がる。

 蛇に睨まれた時のカエルってこんな気分だったんだ…なんて関係ないことを思いながら、私は麗奈を見た。


「彼女達とお友達になったのですか?」

「い、いやぁ…まだなってないんだけどね?」

「でも、私がも関わらず…友達を作ろうとしたんですね結稀さんは」

「ひえっ!」


 なんだろう、今の麗奈めっちゃ怖い!!


 ブルブルと震え上がる私に、麗奈は貼り付けた笑顔のまま続けて言った。


「私のことが好きなのは、嘘なのですか?」

「う、嘘じゃないよ!」

「でも、私以外の友達を必要としているのはなぜですか?」

「え?それは…ただ仲良くしたいからで…」

「つまり、結稀さんにとって私は『ただ仲良くしたい』だけの一人なんですか?」


 瞬間…麗奈の口から、ナイフのように鋭い一言が私に向けられた。

 私は、信じられないと言わんばかりに麗奈を見つめた…。


 麗奈の顔は、少し悲しそうな表情だった。

 唇を噛んでいて、今にも泣き出しそうな…でも、それをぐっと我慢している辛そうな姿。


 もしかして、麗奈は…。


「嫉妬…してたの?」


 麗奈に渦巻うずまく感情の名前を、私は当ててみる。

 すると、麗奈の表情に変化があった。

 身に覚えがあるような、そんな顔だ。


「そ、そんなわけ…ないです!」

「でも、私が三人と仲良くしてるのを見て麗奈は怒ってたんでしょ?」

「だ、だからちがいます!!」


 ブンブンと頭を振るう麗奈。

 まるで子供の我儘わがままみたいに見える姿は、いつも見る麗奈とは違う別側面を見れた気分でなんだかすごく嬉しかった。


 そっか、麗奈ってば嫉妬してたんだ。

 私が他の人と話してて、奪られるんじゃないかって心配してたのかな?


 あははっ…なにそれ、麗奈ってば。


「クソ重すぎてすき♪」

「は、はあ!?お、おもっ…!」


 あーあ、私ってばまた口を滑らせちゃった。

 でも、仕方ないじゃん?仲良くする私に嫉妬して怒りだす可愛いお嬢様のこと、好きにならないわけがないよ。


 私はクスクスと吹き出して、麗奈はそれを見て憤慨ふんがいしていた。

 そんな一部始終を見ていた三人は、酷く困惑していたけど…ぶつぶつと何か言い合っていた。


「麗奈、嫉妬させてごめんね?」

「だ、だから!嫉妬なんてしてません!!」

「うんうん、次からは麗奈だけを見てるからねー」

「話を聞いてくださいっ!!」


 ぽかぽかと麗奈に叩かれながら、私は笑う。

 そして、ひとしきり笑ったあと…私は恥ずかしくなって涙目な麗奈をジッと見つめて言った。


「私、麗奈のことが本気で好きだから」

「へっ……へぇっ!?」


 私にとって、麗奈は『ただ仲良くしたいだけの一人』なんかじゃない。

 初めて会った時から私は麗奈に夢中だった、それを『ただ仲良くしたい』で収められるほどの気持ちじゃない!


「私にとって、麗奈は特別の特別だから!クソ重くてもずっと側にいるからね!」


 白くて小さな手をぎゅっと握って、私は思いを吐く。

 麗奈は顔を真っ赤に染めて、金魚みたいに口をパクパクしていて、それがなんだかおかしくて面白かった。


「……ほ、ほんとに結稀さんは私のことが好きすぎじゃないですか…!」

「えへへ♪それくらい麗奈に一目惚れしてるんだよ♪」

「〜〜〜〜〜〜っ!!」


 ほんと、麗奈ってば可愛くておもしろい。


 照れる麗奈をそう思いながら、昼休みに起きたこの騒動はまくを閉じた…。

 でも、まさかこのことがキッカケであんな事になるなんて私は思いもしなかったのだ。

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