第6話 金色好き好きコール


 寮に帰ったあと、私を出迎えてくれたのは同室のルームメイトこと乙木おとぎ春乃はるのという可愛らしい女の子だった。


「あ、おかえりー柴辻ちゃん!どうだった?学園は?」

「ただいま〜…あはは、分からないことばかりで大変だったよぉ〜」


 身長は私よりも一回り小さくて、栗色の髪を揺らしながら、とてとてと春乃ちゃんがやってくる。

 今日一日の感想を聞いてくる春乃ちゃんに、私は肩を落としながらしょぼくれた表情カオを浮かべて、春乃ちゃんに思いっきりぎゅう〜っと抱き付く。


「もう、重いよぉ〜」

「えへへ…あ〜桜みたいないい匂いがする〜」


 すんすんと春乃ちゃんの腹部に顔を埋めて、桜の木みたいないい匂いを嗅いでいると。春乃ちゃんはぐぐぐっと私の頭を押しけて、困り顔を浮かべながら言った。


「ほんと、柴辻ちゃんってスキンシップ強めだよねぇ…」

「って言われても、これが私ですからねぇ」

「自慢げに言ってるけど、あれだよ?こういうのばっかりしてると勘違いされちゃうんだからね?」


 私より一回り小さな身体を伸ばして、お姉ちゃんみたいに「めっ!」と説教する春乃ちゃんは、私のおでこにちょんっと指で弾いてそんな事を言っている。

 勘違いって…別にここ女子校なんだから、別によくな〜い?

 というより、勘違いされて何が起きるのやら…。


 私がそう思っていると、春乃ちゃんは私の頭の中を読んでいたかのように、ぺちんっ!とさらにおでこを弾いた!

 イタイヨ春乃ちゃん!


「あのね柴辻ちゃん、あまりそうやってスキンシップ激しめだとね、いつか大変なことになるんだよ!」

「そんな、口は災いのもとみたいなこと言わなくても…」


 口を尖らせて私は言うと、春乃ちゃんは私の腕から離れていって椅子に座る。

 机に置いていた眼鏡をスチャッと装着してから、説教をする先生みたいな風貌で春乃ちゃんは言った。


「どうせ、柴辻ちゃんってばクラスでもそんな感じなんでしょ?柴辻ちゃん容姿はかなり整ってるからいつか言い寄られちゃうよ」

「うーん…そうかなあ?クラスのみんな、私に一歩引いたような目で見てるから」


 春乃ちゃんの言う事を否定すると、春乃ちゃんは驚いた様子で目を見開いていた。

 

「え、そうなの?友達100人は余裕で行きそうなくらい距離感バグってるのに?」

「距離感バグってるは余計ですぅ〜仲良くするのが好きなだけですぅ〜」


 ぶーぶー!と春乃ちゃんの余計な一言に野次を言ってると、春乃ちゃんはハッと何かを思い出して、身体を前に突き出して私に詰め寄った。


「そういえば、私のクラスでも聞こえてきたのだけど、柴辻ちゃんってあの天城さんと仲良くなったって本当なの?」

「天城って…麗奈のコト?うん、私が困ってた時に助けてもらってさ!そん時に仲良くなったんだー!」


 えへへ!とVサインをして自慢すると、なぜか春乃ちゃんの表情は信じられないと言わんばかりの驚愕に染まっていた。


「あれ?春乃ちゃん?」

「え、ええ〜?ほ、ほんとに?」


 あれ?これって信用されてない感じ?

 本当のことなんだけどなぁ…ていうか、信じられてないのが何だか不服ふふくだ。

 こうなったら決定的な証拠しょうこを見せて飛び上がらせてやろう!

 

 私は制服の胸ポケットに入れていたスマホを取り出して、見せつけるように春乃ちゃんに見せた。


「ほら、証拠として麗奈の連絡先だよ」


 スマホに映ってるのは麗奈の電話番号。

 友達なら交換して当たり前だし、これで疑わない事はないでしょ?と思っていると、春乃ちゃんの反応は、思ってたよりもオーバー気味だった。


「ほ、ほんとだ…あの孤高の天城さんと、本当に仲良くなってる……!」

「?…そんなに意外かな?話してみたら意外と可愛いよ?」


 最初は私も麗奈のことを『孤高のお嬢様』って思ったけど、れ合ってみれば表情ひょうじょうもコロコロと変わって面白いし、ちゃんと話してくれるし良い子だと思うけどなぁ…。


 私が意外そうに春乃ちゃんを見ていると、春乃ちゃんは私をあきれた目で見てきた。な、なにさ…。


「柴辻ちゃんって…恐れ知らずなんだね」

「お、恐れ知らずって…私ホラーとかすっっごく苦手だよ!?もしかして麗奈ってホラー系なの!?」

「ちがうよ!あの天城さんに近付くとか柴辻ちゃんってばすごいってこと!!」


 そう言われて、私は思わず豆を食らったはとみたいに呆ける。

 麗奈と仲良くなったことが、そんなに凄いことなの?実は金色トロフィーものだったワケ!?


『獲得 孤高のお嬢様とお友達に』


 おお、確かにそう考えたら獲得率すごそうかも?いやいや、そんなこと想像してる暇はなくて!!


「春乃ちゃんがそこまで慌ててるってことは、もしかしてさ…麗奈って結構すごい人なの?」


 この慌てようと言い、反応といい…麗奈のことが怖くなった私は恐る恐る春乃ちゃんに聞いてみる。

 すると春乃ちゃんは、待ってましたと言わんばかりに説明をしてくれた…。


 天城グループ。

 それは世界でもかなり有名な企業グループであり。

 その血筋を引く天城麗奈は、このお金持ちのお嬢様が集まる学園の中でも、トップクラスに偉い地位を持つ御令嬢…なんだとか。


 それに、麗奈自身には不思議な魅力もあった。

 頭脳明晰、運動神経抜群と天才的なスペックの持ち主で、誰もが憧れる程の人間なのだけど、当の本人は人と関わらない主義を持っている事もあって神秘性を秘めていた。


 故に名付けられたのは『孤高のお嬢様』。


 人との関わりは最小限かつ最低に、そんなだから誰も仲良くなろうなんて思わないし、そもそもお近づきになるなんて夢のまた夢……そう、思われていたのだけど。


 まさかまさかのそこに私が登場。

 そして、そんな孤高のお嬢様の隣に立つのが謎の転校生ともなれば、天変地異が訪れる前触れ!もしくは地球滅亡の危機!?


 まあ、そんなスケール感で例えるくらい私が仲良くなった天城麗奈という女の子はとっってもスゴいのだ。


「…へ、へぇーー……わ、私ってばそんな凄い人と仲良くなってたのぉ?」


 麗奈の凄さをこの身で知った私は、ふるふると震えながら自分のしでかした事に震えていた。

 春乃ちゃんも「ようやく自分のしたことが分かったか…」みたいな感じで、うんうんとうなずいていた。


「いやぁ、柴辻ちゃんってばまさか天城さんとお友達になるなんて…一体どんな手を使ったの?」

「いや、そんな裏ワザ教えてよみたいなノリで聞かれても困るよ……んーまぁでも、割と奇跡きせきに近かったかもね…」

「奇跡?」


 うん、と頷いて私は思う。

 そう、麗奈と仲良くなれたのは割と奇跡なんだ。

 もしも昨日、私が数学の教科書を忘れさえしなければ、こうはならなかったと思う。

 だって初めて会った時から私には興味無さそうだったし、あのまま教科書を持っていたら話しても無視されそうだったかも。


「…実は教科書を忘れたのが奇跡の始まりだったなんて……」


 私ってばすげーーと感嘆かんたんしていると、なんだか今こうして麗奈と友達でいることが凄い事だとようやく実感できた気がする。

 あれ?これってもしかして、宝くじで一億当てたくらい凄いことなんじゃないの…?


 …これは、今すぐにでも麗奈にありがとーー!!って言った方がいいのでは!?


「ごめん春乃ちゃん!今から電話していい?」

「え、いいけど…」


 私はいてもいられなくなって麗奈の連絡先をタップする。

 春乃ちゃんは何故なぜかすごく緊張した様子で、お口をチャックしたまま電話のコール音を聞いていた。


 電話のコール音が無音となった部屋に響き渡る。

 けど、コール音が鳴るばかりで肝心の麗奈は出る気配がしない…。

 私はじっとスマホを眺めたまま、麗奈が出るのをいつまでも粘った。


 それからもうちょっと待って…。


 スマホの画面に反応があった。

 麗奈だ、麗奈が電話に出てくれた!!


「あ、やっと繋がったよ〜…もーずっと出ないから焦ったじゃーん!」


 出なかったらどうしよう…って思ってたから、私は胸に溜めていた息を大きく吐いて笑う。

 麗奈が出てきてくれた事に安堵して、思わず笑顔があふれ返る。


「あはは、突然電話してごめんね?でもさ、今日はすっっっごく嬉しくて居ても立ってもいられなくなったんだ!」


 そう、今日はほんとうに嬉しかったんだ。

 麗奈と仲良くなれて、友達になれて嬉しくて嬉しくて仕方がない!

 そりゃあもう、いてもたってもいられないに決まってるよね!


『そうなんですか?』

「うん!なんてたって麗奈と友達になれたからね!聞いたよ、麗奈ってば人付き合いしないタイプで仲良くできるなんて珍しい!って!」


 ホントに今まで友達いなかったんだねー!と笑って付け足すと、電話の向こうから不服そうな息が聞こえてくる。

 あはは!友達いないって言われてちょっと不機嫌になってる!カワイイ!


「それでさ?電話した理由は私と仲良くなってくれてありがとーー!すきだー!って言いたくてさ、こうして電話してるワケ!」

『ま、また…』


 言ってる…ともにょもにょとした口調で、麗奈は電話の向こうで口篭くちごもる。

 そんな麗奈がかわいくて、なにより簡単に想像できてしまって…私は小さく笑ってからそれを指摘した。


 そうしたら麗奈は不機嫌になっちゃって、麗奈は急かすように言った。


『そ、それで?何の要件でしょうか結稀さん。用がないなら切りますけど?』

「ま、待って待って!切らないでよ〜」


 私は急いで麗奈を止めて、はやる息を整えながら麗奈に説明する。

 麗奈がすごい人だったなんて知らなかったよ!と。


 だから、私は息を大きく吸ってから想いを吐き出した。


「だからさ、私と友達になってくれてすっごく感謝ー!!みたいな?まぁとにかく大好きだーー!!って言いたかったの」


 とにかく私の『好き』を麗奈に送る。

 私のこの気持ちが届いて欲しい、その一心に私は『好き』を告げると、麗奈は照れた様子で「また言ってる…」と呟いていた。


 あはは!麗奈ってば照れちゃってさ!こんなの何度でも言うよ!


 だって、それくらい嬉しいんだもの。

 初めての友達に私を選んでくれたことが、隣に私を居させてくれることが、こんなにも嬉しいんだから何度だって『好き』って言える。


 そうして、照れてる麗奈に好きをささやいていると隣で聞いていた春乃ちゃんがチョンチョンっと肩を叩いた。

 なにか言いたげな視線が私に向けられていて、今すぐにでも電話を切った方がいいなと思った。


 名残惜しいけど、電話を切ろう。


「あ、そろそろ時間だし電話切るね!ごめんねー唐突に電話なんかしてさ!」


 私はそれとなくな理由を付ける。

 麗奈は気にする様子もなく了承してくれた。


『い、いえ…全然大丈夫ですよ』

「そう?それじゃあ麗奈、また明日ね!大好き!愛してるよー!」


 ちゅっ!とキスをするみたいに音を弾けさせて、私は通話終了ボタンをポチリと押す。

 なにか電話の向こうで麗奈が言いかけていたみたいだけど、まあいいでしょ。


 電話を終えた私は何か言いたげな春乃ちゃんを見て「なに?」と声に出さずに首を傾げた。

 すると、春乃ちゃんは私に近寄ってきてから…春乃ちゃんの小さな手からデコピンがり出された!!


「いたぁい!?」


 おでこが弾かれて、私はうずくまる。

 な、なんで!?なんで私デコピンされたの!?


 理解不能におちいっている私、それを見下ろすように見ていた春乃ちゃんがあきれた声で言った。


「どうして天城さんと仲良くなれたのか、分かった気がする……」

「え?え?」

「柴辻ちゃん…私、忠告はすでにしたからね」


 はぁーー…と息を吐いてから、春乃ちゃんはくるりと身をひるがえして部屋から出て行った。

 私はどうしてデコピンされたのかよく分からないまま、春乃ちゃんの背中を目で追っていた。

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