十五
「私は屛風のただ中に、
「その車の中には、一人のあでやかな
「そうして──どうじゃ」
大殿様はどういうわけか、妙によろこばしそうな
「それが私には描けませぬ」と、もう一度繰り返しましたが、突然かみつくような勢いになって、
「どうか檳榔毛の車を一輛、私の見ている前で、火をかけていただきとうございまする。そうしてもしできまするならば──」
大殿様はお顔を暗くなすったと思うと、突然けたたましくお笑いになりました。そうしてそのお笑い声に息をつまらせながら、おっしゃいますには、
「おお、万事そのほうが申す通りにいたして遣わそう。できるできぬの
私はそのおことばを伺いますと、虫の知らせか、なんとなくすさまじい気がいたしました。実際また大殿様のごようすも、お口の端には白く泡がたまっておりますし、御眉のあたりにはびくびくと
「檳榔毛の車にも火をかけよう。またその中にはあでやかな女を一人、上﨟の
大殿様のおことばを聞きますと、良秀は急に色を失ってあえぐようにただ、唇ばかり動かしておりましたが、やがて体中の筋がゆるんだように、べたりと畳へ両手をつくと、
「ありがたいしあわせでございまする」と、聞えるか聞えないかわからないほど低い声で、ていねいにお礼を申し上げました。これはおおかた自分の考えていたもくろみの恐ろしさが、大殿様のおことばにつれてありありと目の前へ浮んできたからでございましょうか。私は一生のうちにただ一度、この時だけは良秀が、きのどくな人間に思われました。
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