十四
するとその晩のできごとがあってから、半月ばかり後のことでございます。ある日良秀は突然お
「かねがねお言いつけになりました地獄変の
「それはめでたい。予も満足じゃ」
しかしこうおっしゃる大殿様のお声には、なぜか妙に力のない、
「いえ、それがいっこうめでたくはござりませぬ」良秀は、やや腹だたしそうなようすでじっと眼を伏せながら、
「あらましはでき上がりましたが、ただ一つ、今もって私には描けぬ所がございまする」
「なに、描けぬ所がある?」
「さようでございまする。私は総じて、見たものでなければ描けませぬ。よし描けても、得心が参りませぬ。それでは描けぬも同じことでございませぬか」
これをお聞きになると、大殿様のお顔には、あざけるようなご微笑が浮びました。
「では地獄変の屛風を描こうとすれば、地獄を見なければなるまいな」
「さようでござりまする。が、私は先年大火事がございました時に、炎熱地獄の猛火にもまがう火の手を、まのあたりにながめました。『よじり不動(背後の火炎をよじったように描いた不動尊図)』の
「しかし罪人はどうじゃ。獄卒は見たことがあるまいな」大殿様はまるで良秀の申すことがお耳にはいらなかったようなごようすで、こうたたみかけてお尋ねになりました。
「私は
それには大殿様も、さすがにお驚きになったのでございましょう。しばらくはただいらだたしそうに、良秀の顔をにらめておいでになりましたが、やがて
「では何が描けぬと申すのじゃ」と
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます