第2話
あの世の極楽世界に住む榊 源三郎の働く役所の仕事は様々だ。
亡くなったばかりの人たちは照魔の鏡を通して生前の行いを見せられる。そして仏の示される善悪の基準で選別され、その中で悪人だった者は地獄に堕ち、善人だった人は極楽世界へと入ることになる。
しかし地上世界とあの世の世界とは違いがすぎるため、極楽世界に移住する者には最初に役所から正しく極楽に住むためのガイダンスを行うことになっている。また定期的に住人たちとの交流や極楽の戸籍管理、そして生まれ変わりの補佐などを行なっている。
車を駐車場に移動して源三郎が役所の入り口を通り抜けると受付の方から大きな声が聞こえてきた。
受付の前には寝巻きの服を着たままの若い男が腹を立てて怒鳴っていた。
「だからー、ここはあの世なんだろ!?早くチート能力を授けてくれよ!あと魔法と剣で戦うファンタジーの異世界に転生させてくれよ!」
「あ、あの、ここはあの世ですけど、そんな事はできないんですよ?あなたはもう死んだのですから、いまから生前の生き方を振り返って、これからいく所を決めなくてはならないんです」
「だから、ここは異世界転生のための役所なんだろ!?はやくオレを転生させてくれよ!」
「だからあなたの認識が違うんですけど、もう、さっきからなんで私の話を聞いてくれないんですか?」
どうやら最近死んだばかりの若い男性が受付の女性と揉めているようだ。
源三郎は近くにいた別の女性役人と話をした。
「あれは、どうしたんだい?」
「ああ、あの人ですか?最近ああいった人が増えているんです。どうやら地上世界では異世界転生といった小説とかが流行っているらしくて、死んだら天国ではなく、異世界とよばれるファンタジーな世界に行けると思い込んでいる人が多いみたいで……」
「地上世界もややこしくなってきたものだな」
「ええ、本当にいくら説得しようとしてと全く話が通じないので困っています」
「ふうむ、まあ、照魔の鏡を見せれば納得するんじゃないのか?」
「そうですね。でも、そこまで誘導するのが難しくて、今回はまだそこまで悪い人じゃなくて良かったのですけど、それにまだ死んだことを理解してくれているので、救いはありますけどね」
「そうだな。最近は自分が死んだことに気づくことも出来ず、地上世界に留まっている人が増えているそうだからな」
「はい、それよりもまだマシというか、ここまで辿りついただけでも良しというか……」
「そうか、まあ、大変だが、説得し続けるしかないだろう。どうせそのファンタジーという世界なんかに行けるわけでもないのだからな」
「そうですね」
話し終えた源三郎はいつも通り、自分のデスクへと移動する。かぶっていた帽子を取ってハンガーポールに引っ掛けるとデスクに置いてあった書類に目を通した。
「ん?これは」
源三郎は一枚の書面に目がとまった。
なんと源三郎の目の前に人事異動の紙が置いてあったのだ。
「人事、異動?」
書類に目を通すと、源三郎が現在の部署から冥府への異動となっている。あの世の役人になってから初めての人事異動である。源三郎は異動先の名称に目が留まり、素直に驚いた。
「冥府?」
「源三郎くん、君、今日から閻魔様のところに行ってくれって」
「部長」
源三郎の目の前に上司である有楽部長が立っていた。有楽部長は死んだ後も霊体ながらにでっぷりとした体型で源三郎と同じく丸いメガネをしている。おちゃめなチョビヒゲをたくわえ、優しくおとなしそうな人である。
彼も源三郎と同時代に生きていた人だ。
「地上世界はそろそろお盆じゃない?あとこないだの地震と大雨でけっこう亡くなった方も多いらしくてね。役所も忙しいけど、地獄の方もかなり忙しいらしくてね」
「最近、地獄に堕ちる人が増えていますからね」
「うーん、なかなか大変だよねえ」
「冥府とは、何処ですか?」
「冥府といえば閻魔大王のお裁きの場所さ、今なら地獄の法廷とも言えるね」
「その、そこで私に何ができるのでしょうか」
「まあ、それは閻魔様に聞くしかないよ」
「……そうですね」
「多分、過去世で裁判官をやっていた君だから選ばれたのかもしれないね」
「確かに、そうかもしれません。生前裁判官をやっていましたが、同僚の多くは現在地獄に堕ちている人が多いので、あちらも人手不足なのかもしれません」
「まあ、頑張ってね」
「はい、ありがとうございます。ところで部長、冥府にはどうしたら行けるのですか?」
「その書類に書いてあるんじゃない?」
「いえ、記載されていないようです」
「まあ、じきに召喚されるだろうから、今のうちに異動の準備をしておけば良いよ」
「はい、そうさせていただきます」
源三郎はデスクの書類や自分の持ち物の整理を始めた。そしてこの日は役所を早退し、妻に異動の件を伝えるのであった。
源三郎は家に帰ると妻に人事異動の件を説明した。
「静江、私は今日の人事付で冥府に行くことになったから、しばらくはここに帰って来れないかもしれない」
「わかりました。私もそろそろ自立しなくてはならないと思っていたので、しばらくの間、親元ではなく指導霊さまの所に行ってきます」
「ああ、わかった。しばらくの間だったけど、極楽の世界で君と再び一緒にいられて幸せだったよ」
「私もです。貴方、どうかお気をつけて」
「うむ、じゃあ、お前も元気でな」
「はい、またいつかお会いしましょう」
源三郎は静江と別れの挨拶を済ませると再び役所に戻っていった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます