第3話
源三郎が再び役所に到着するとすでに冥府からの使者が待機しており、今から地獄に連れていってくれるそうだ。
使者は自己紹介をしてくれた。
彼の名は「
目は細く体全体も痩せ細っている。そして細い体躯に合わせたように黒服のスリムなスーツに身を包んでいる。
小柄ながらに神経質そうな男だ。
地獄には居るものの罪人ではないので、相良という人物は悪人ではなく善人なのだろう。
相良は微笑みながら自己紹介をして、源三郎と握手した。
「地獄ですか、あまり進んで行きたいところではないものですね」
「まあ、最初は大変ですけど、じきに慣れますよ。貴方なら大丈夫です」
相良は胡散臭いほどにニッコリと微笑む。
源三郎はあまり嬉しくはないとばかりに真顔で握手を交わす。
「だといいのですが」
「さあ、行きましょうか」
「よろしくお願いします」
源三郎は相良の後に着いていくと、役所の裏口にあったエレベーターの所にやってきた。
そしてエレベーターの中に入ると相良が扉の隣にある地下三十階のボタンを押していた。源三郎も何回かはこのエレベーターを利用しているが、今まで地下に続くボタンを見たことはない。
「あの、地下、三十階ですか?」
「ええ、本当はもっと奥底に続いているのですけど、地獄は深い。戻って来れなくなると大変ですからね」
「そ、そうですか」
相良は胡散臭そうに微笑む。
源三郎も釣られて苦笑いをしてしまう。
エレベーターの上部を見ると階層を示すランプが徐々に地下三十階へと近づいている。
そしてチンという鐘の音と共にエレベーターの扉は開いた。
「さ、行きましょうか」
「はい」
薄暗い地下路を通り抜けるとがっしりとした鉄の扉が見えてきた。相良は錆落としが塗られただけのような赤茶けた鉄の扉のドアノブを手に取ると重たそうな扉を体全体を使ってこじ開ける。
ギイイ、
重々しい鉄の鈍い音が通路に響くと目の前には洞窟の中に大きな寺院のような建物が見えてきた。
「ここが冥府、地獄の裁判所ですよ」
「ここが……」
源三郎は大きな寺院のような建物を見上げた。
同時にかつて子供の頃にお寺で聞かされた話を思い出した。閻魔様のお裁きと呼ばれるその絵巻は残酷なもので閻魔堂でのお裁きと地獄で苦しむ人たちが描かれている。子供ながらにその絵巻に記された地獄の恐ろしさに怯えてしまい、その日は怖くて眠れなかったことまで思い出した。
「まさか、死んでここに来ることになるとは」
「まあ、当事者じゃなくて良かったですね」
「そうですな。子供の頃に聞いた地獄のあまりにもの恐ろしさに悪いことは絶対にしないと心に決めたことが良かったのかもしれません」
「そうですね。教育は大事です」
「しかし、今の地上世界はそうした教育は行われておらんようですな」
「そうですね。今は教師どころか、寺の僧侶までもがあの世の世界を信じていないのですから、教育以前の問題ですよ」
「なるほど」
「だから最近は寺の坊さんや学校の教師たちまで、ここに来る人は増えてきました。まあ、死んだ事すら理解できなくで地上に留まっている者もたくさんいますがね」
「ううむ、それは、大変ですね」
「そうです。まさしく末法の世です」
「世も末とはこの事ですね」
「そういう事ですね」
相良は源三郎との他愛もない話を済ませるとスタスタと歩いて裁判所に入った。
閻魔堂とも呼ばれる裁判所は寺院にもよく似た古い建物で、まさしく絵巻通りの外観だ。通路を歩くたび源三郎は生前京都の古いお寺を散策した時の事を思い出していた。
「さ、着きましたよ」
「はい」
相良が扉を開けると目の前には生前、昔の職場によく似た裁判所の法廷が見えた。
「ここは」
「ここが貴方の職場です。どうですか?貴方の生前の職場によく似ているでしょう?」
「そう、ですね」
「最近亡くなられる人たちは、このような近代の法廷という場所でないと自分が裁かれていることに理解できないんですよ。だからまあ、この霊界世界も変化しているんですよね」
「霊界世界ですか」
「そうですね。極楽、天国、地獄、天上界と名称は色々ありますけど、総合してここは霊界なのですよ。最近だと次元世界という呼び方をしているそうですがね」
「そうなのですか。いやはや、勉強になります」
「貴方はここで仏の善悪の基準というものを勉強していただきます。人はなぜ死後裁かれるのか。その理由、基準を学んでください。もうじき閻魔様が来られますから、ここで閻魔様のお裁きを見、聞き、死者とはいえ悪人とは何たるかを知ってください」
「はい、わかりました」
「ゆくゆくは貴方もここの裁判官として法廷の一つを任されることになるでしょう。それまでに裁判記録と地獄の状況をしっかりと学んで、生前悪い事をした人たちが死んでどうなるのかを理解していただきます」
相良はそういうと自分の持ち場へと戻っていった。法廷には次の罪人が連れて来られるそうだ。
そしてあの有名な閻魔大王がやって来るらしい。
「閻魔様の、お裁き、か……」
ここで指名されたのだからやるしかないと源三郎は腹を括る。
しばらくすると両手を縄で縛られ、拘束された罪人たちが連行されたまま法廷に現れた。
どうやらもう裁判が始まるようだ。
罪人たちはどれも恐怖に怯えており青ざめた顔をして歯をガチガチと音を立てて震え上がっている。
それもそのはず、罪人たちの左右には大きな五メートル以上もある大きな体躯をした赤鬼が鉄の棍棒を持って構えており、罪人たちに睨みを効かせていたからだ。源三郎でさえ初めて見た鬼のその姿に正直、恐怖に体が支配され、全身が硬直してしまった。
「ようし、揃ったな」
いつのまにか、低く野太い声が聞こえてきたと思ったところに法廷の中央に、それはもう大きな大きな、まさしく絵巻の通り、イメージ通りの閻魔様がそこに居た。
閻魔大王のオーラというべきか、存在感は凄まじく、近くにいるだけで恐怖心に支配され畏怖させられる。
罪人ではない源三郎であっても何故か緊張してしまい、霊体にも関わらず何故か冷や汗が止まらない。
「彼の方が閻魔様か……なんとも絵巻通り、恐ろしいお方だ。」
「それでは、罪人をここに。これより裁判を始める」
閻魔大王の声と共に、地獄の法廷が今開かれた。
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