1925年4月8日②

 エベは明け方近くから昼まで話し続け、明日も来るようにと言い残して、幕屋の奥へ引き下がっていった。


 幕屋から出ると、マグダレナに呼ばれる。


 男衆を手伝ってくれてもいいのだが難しいだろう、女衆の方に来て、少しばかり手伝ってくれないか……明後日に控えている春を迎える祭の準備なのだった。


 女たちはめいめいの幕屋で準備に忙しくしている。


 しかし赤ん坊は祭があろうとなかろうと泣き、女たちは手を止める。乳をやったり、おしめを取り替えてやって済むなら、話しは難しくない。


 しかし時としてどうにも理由のわからないままむずかられると、いたずらに時間を浪費することになる……要するに子供をあやしてほしいというのがマグダレナの頼みだった。


 郷里に子供はいたかとマグダレナは訊いた。息子がふたりいたと私は答えた。それなら安心だと笑って、一軒一軒わたしを連れて行った。


 赤ん坊は素裸のこともあれば、筵にくるまれていることもあった。幕屋ひとつひとつが家であり、家ごとに流儀があるらしかった。


 マリアは去年子供を産んで、一歳になろうという赤ん坊は幕屋の中をあちらこちらへ四つん這いで動き回っている。


 元気なジャンは新参者の私を見てはじめは驚いたようだが、赤い泥の臭いで同胞だと感じてくれるのだろうか、すぐになついて腹の上を這い廻った。


 それぞれ三歳と四歳になるグレタとアンナは、私が島の外から来たと聞くと、ほいじゃわいらんおはんがせんせじゃそれじゃあ私たちがあんたの先生だと言って、食べられる果物や綺麗な鳥、美味しい魚について教えてくれた。


 母親のアビゲイルは草の繊維をほぐしては編み、長い紐を拵えていた。


 幕屋をいつつほど回ると日が暮れた。

 男衆は、おおよそ半々に別れて、一半が猪や魚を捕りに、一半が櫓の設営に従事していた。大きな櫓の周りに小さな櫓をみっつ作り、女衆が作った草の縄を、中心の櫓から外に向かって伸ばしていく。

 櫓に上っていた男たちが降りてきて、小川へ泥を流しに行こうということになった。


 日暮れを合図に幕屋から女衆が出てきて、男衆と合流し、みなでいっせいに小川で泥を落とした。

 子供たちは水際で手にすくった水をかけあい、頭まで沈んだ男が立ち上がって水しぶきを飛ばすと、ふりかかった男と女がきゃあと笑う。


 こらこらもし、と呼ばわる声に振り向くと、若い娘がいる。


 泥を塗っていたときは赤色との対比で雪のように白く見えていたが、夕暮れ時の野外で見てみれば、プロヴァンスの太陽の下の娘らしい健康的な肌色をしている。


 黒い眉は太く、緩く捩じれた髪は首筋を流れて肩に張りつく。


 わいがきぬおうたおごじょのつらばお前が昨日会った娘の顔をもうちわするっちょかやもう忘れているのか? 助祭じょさっやっちょるペトラじゃやっているペトラだ


 ペトラは楽園のエバのように胸や股を隠さずにいたが、くるりと回って私に背中を見せた。前ではすでに落とされた泥が、うなじから尻までべったりとくっついている。


 おいもへっばあらっちょらん私も背中を洗っていないどべおとしてやっで泥を落としてやるからいっしょきけ一緒に行こう


 宵の口になっても蒸し暑く、まさに常夏だった。ペトラは助祭であるといういまひとりとともに私を連れ出すと、小川を離れて坂道を登ってゆくと、忽然と泉が、人いきれに埋もれて現れた。恵み深くも島に湧き出る温泉であるという。


 絶海の孤島だが、決して小さな島ではない。砂浜があり、森があり、山がある。赤く濁った泉を見渡すと、小川にはいた老人や子供たちがいないことに気付いた。成年して、肉体の盛りにある者がここに来る。


 ペトラは両腕を開くと、裸の胸を私に預けて背中に手を回し、マグダレナがしたようにぴたりと密着した。


 さ、おいのへっもあるわんね私の背中も洗いなさい


 湿り気を帯びた泥がにわかにぬめる。ペトラの指が、手のひらが、私の背を撫でさするごとに、溶けた泥が尾をひいては尻へ、腿へながれていく。


 私も手に水をすくって、ペトラの背をやさしくぬぐう。はりつめた肌に塗りこめられた褐色の泥がゆるんではとける。私はペトラの肩を抱き、首をさすり、背骨伝いに腰を払った。


 胸と胸がこすれるたび日射を禦ぐ土の被いは濯がれていき、南洋の光を吸い育ったやわらかな腹が、肉と脂にふくれた私の腹を捏ねるように動く。


 ペトラの指もまた私の腰を、腕を撫で、やがて陽物が起き上がる。


 またばあるど股を洗おう


 ペトラは私の脚を跨ぐと、膨れた陽物を根元から握り、いささか乱暴に擦りあげた。


 こねくりまわすような手付きで全体をこすって、今朝アブラムと共に塗った泥を念入りに落としていく。


 左手でそうしているあいだにも、彼女は私に左脚を太ももではさみ、自らの内股に塗りこめた泥をこすり落とす。


 私は温泉の隅の岩壁に頭を預けていた。やや斜めの姿勢で立ち、ペトラの手が背に回り込めるだけの隙間をあけている。跨りやすく傾いていた左脚に力を込めて、私はペトラの尻たぶを強く掴んだ。泥がぬめり、落ちる。ペトラの手が尻を掴む。


 もはや泥はぬめらなくなった。


 泉を出る。岩壁の陰に潜り、ペトラは壁に手をつく。突き出された尻は丸い。濡れた尻たぶも、瘦せた腰も、淡く浮かぶ背筋も、すべて南洋の泥を濯がれた南仏の娘のそれ。


 私は助祭を犯した。娘は海のように臭った。その尻は波のように跳ねた。喉笛は鷗だった。


 ――――まっが蒔けまっが蒔けまっが蒔け! ……


 そんないちぢまんかぎいはなせんなそのまま萎むまで離すなとペトラは言い、腰を併せたまま岩陰に休んでいると、先ほど別れた助祭のひとり、ナオミが顔を覗かせた。


 その後ろに村の若衆のひとりがいた。ムーサーといった。


 ナオミは私と、ペトラはムーサーと交わった。


 アブラムとその妹のマリアが加わり、アブラムはペトラと、マリアは私と、ムーサーはナオミと交わった。




 ――まっが蒔けまっが蒔けまっが蒔けまっが蒔けまっが蒔け…………


 …………まっど蒔くぞまっど蒔くぞまっど蒔くぞまっど蒔くぞまっど蒔くぞ――




 ――おいさあおじさま


 ナオミが笑いながら右膝を撫でて言った。


 ……ずんばいまいちゃってたくさん蒔いてしまっていんのしびんごっじゃに犬の小便のようだねえイ。


 ――ジャンよオ、そいごてんあんべでその脚の様子でわっぜかすげなとてもすごいなア。


 私の右膝を撫でてペトラは言った。


 膝から下は無かった。



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