エベの物語④
マルタンは進路を東へ変えると言っていましたが、二日経っても船が元来た道へ向かうことはありませんでした。
立入禁止の扉の奥にある食糧庫を案内されたので、食事は船室から食糧庫へ取りに行きます。
見たこともない果物や獣の首に脚、角、蹄が並ぶ棚があり、その隣には黄金に似た色の骰子状の金属や、内側にゆくほど濃く変わっていく淡い紫色の石が収められた箱があり、部屋や廊下はどこも薄暗く、遠くからさざめきのような人の声が高く、低く、つねに聞こえているのでした。
船は変わらず夕日を追いかけて進んでいたのですが、ある日、向かう先に、爪の先ほどの島がぽつりと浮かんでいるのをわたしたちは発見しました。
マルタンたちが操るという船は、その島を目指して進んでいるようでした。一夜明け、朝が来てしばらくすると、船は砂浜に船首を付けて静かに停まりました。
ややあってマルタンが三人の小さな子供を連れてわたしたちのいる船室に来、ひとまず全員で島に人がいないか探してみようと言いました。
マルタンに連れられて、甲板と板一枚隔てた高さから砂浜まで、船の中を降りていくのですが、食糧庫のさらに下へ向かうと、牛や豚を潰したあとの厩舎と同じ、湿った血の臭いが満ちているのでした。
怖がる子供たちに、マルタンは、奴隷商人たちが飼っていた虎が逃げ出して他の子供たちを食ってしまったのだと話しました。
もう虎は退治したから大丈夫と彼は言うのですが、村の子供たちはべそをかき、マルタンと三人の子供たちも青ざめているようでした。
砂浜は白く、浜辺を蟹が歩いていました。
近くの磯辺には海綿が張り付き、小魚も泳ぎ回っています。森へ少し入れば鮮やかに実った果物があり、甘く瑞々しいものばかりなのでした。
マルタンはわたしたちよりも字が読めましたので、エフライムが残したというノートを頼りに食べられるものを見分けて、ジャン、今あなたが口にしたこの島の芋も、マルタンは探し当てたのでした。
船から下り、食べ物を探して、一日が終わりました。
船の中からマルタンはマッチを、ジャンは火打石を持ってきて、二十八人が囲えるだけの焚火を拵えました。
焚火の光に当たっていると、マルタンはいっそう青白くなって見えました。
自らを奮い立たせるためでしょうか、ことさらに張りのある声で、彼はこの島の名前を決めようと言ったのです。
自分は曜日を毎日数えてきたので、今日が何月何日で何曜日かわかる。今日は金曜日である。金曜日に発見した島だから、この島を
そのあべこべな名前に、わたしたちは皆首をかしげました。
マルタンが言っていることはおおむねわかります。
しかし、ジャン、あなたもよく知るとおり、わたしたちは安息日のふたつまえの日をディヴェンドレと呼んでいるものですから、ヴァンドレディなどというあべこべの言い方をするのは、できない相談でした。
おまけにマルタンがヴァンと言うとき、その響きは何かぼやけているので、わたしたちには聞き取りづらいのでした。
そんな変な名前にすることはないと、二十五人が一斉に反対しました。
それを見たマルタンのほうも、発奮したのでしょう、彼の焚火に照っていた肌が、内側からさあっと赤くなって、すっくと立ちあがりました。
それからマルタンは口汚くわたしたちを罵ったのですが、北国の訛りもあって、何を言っているのかはあまりわかりません。
ジャンが立ち上がって、マルタンの肩を抱きしめるように手を置きました。
ジャンは村長の子、餓鬼大将肌の子でございました。マルタンはしばらくこらえていましたが、しまいには体を震わせ、目をうるませます。
そこにシムンが現れました。マルタンは信じられないといった顔をして、ついに子供のように泣き出してしまいました。
シムンが言うには、奴隷商人たちを船から追い出した子供たちは、誰が船を支配するかで内輪もめを始め、ついには互いに殺し合ってしまったというのです。
マルタンと三人の子供たちは数少ない生き残りでした。
シムンは海の中に飛び込んだふりをして、船の中の隠れ家に籠っていたということです。
返す返すも信じられないような話ですが、マルタンもシムンの話を認めたので、本当なのだろうということになりました。
縮こまってしまったマルタンに代わって、ジャンがシムンと話し合いました。
この島には人は住んでいないだろうこと。
人が食べるものや飲む水については豊富にあること。
話を聞き終えてシムンが訊きました。これからここでどうするかと。
ジャンは言いました。
島の名前はやはり
明日からも島を回って、食べ物や飲み水、住むところの心配が無いようにする。そしてここを大司祭ジャンの国にも負けない素晴らしい島にする。
産めよ、増えよ、地に満ちて地を従わせよ。われわれは神神のために地を知り、天を知らねばならぬ。肉を知り、霊を知らねばならぬ。
トゥールーズとアルビの父祖を敬い、且つ過ちは退け、今生と来世を讃えるべし。
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