エベの物語③

 子供たちの反乱により、黒い船が《奴隷商人》達の手から奪い返されたのだ……そう聞いたときには、《反乱》はすべて終わっていました。



 黒い船は深い青の海を悠悠と進み、川とは違いつねに上へ下へと波打ちうねる水面をものともせずに進んでいきました。


 わたしたちは甲板のすぐ下の船室におとなしくしており、一日に三度シモンが運んでくる食事をとるほかは、甲板を走り回ったり、海を眺めたり、歌を歌ったりして過ごしておりました。


 私よりも年上の、ジャンと同じ年ごろの子供たちは、船室の一角を自分たちのものとして、一日そこから出ないこともありました。


 みな畑仕事をしていたので、このような何もすることのない時間をもてあましておりました。もし甲板に小さくとも畑があれば、みな喜んでそこを耕したでしょう。


 船は日の沈む方へと進み、いつしか細い海峡を抜け、陸の見えない一面の海原へと進んでいきました。

 聖地とは別の方角なのか、と誰かがシムンに尋ねました。

 救い主の教会がエルサレムからローマへと移ったように、大司祭ジョンはローマよりもいっそう日の没する方角へ思い定めて理想国を作ったのだ、とシムンは言いました。



 立入禁止の扉が開かれ、見知らぬ子供たちがわたしたちの船室に這入って来たのは、そんな頃でした。


 子供たちはおおむね金色の髪と、青や緑の目を持っていました。わたしたちは皆暗い色でしたから、かれらが遠いところに生まれ育った、北の国の出身なのだということが、一目でわかりました。


 ひとりが前に出てきて、この船は奴隷商人が自分たちをアフリカに売り飛ばすために航行しているものだ、自分たちは奴隷商人を打倒し、船の主導権を掌握した、ということを言いました。


 かれらは村の神父様の話されるのと同じ訛りで話していました。するとやはり北の土地、パリなどから来た子供たちなのでしょう。


 ジャンが、まずお前たちはどういう者なんだ、とはっきり言いました。


 彼は、マルタン、ギヨンのマルタンだと名乗りました。


 マルタンというローマ風の名前にわたくしは疎ましいものを感じました。マルタンもわたしたちを見、ジャンの言葉を聞いて、見下すような目をして続けました。


 進路を変えなければならないが、船を操れる奴はいるか?


 大司祭ジョンの国に行くのではないのか、とジョンが言うと、マルタンはギョッと目を丸くして、それからゲラゲラ笑いました。


 そんな噓に騙されたのか? ばかな奴だ、と乱暴に言うのでした。


 川を渡る船を扱える者はいましたが、マルタンは退けました。海を渡る船は川のそれとは造りが違うというのです。


 ひととおり船室を眺めて、知っている者がいないとわかると、マルタンは厭な笑い顔で去って行きました。


 わたくしはエフライムやシムンはどうしているのかと聞きました。エフライムは殺してやった、シムンは海に飛び込んだが、助からないだろう……そうマルタンは言いました。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る