1925年4月7日③
一行は列を成して踏みしだく下草を、最後尾で入念に立ち上げながら進んでいく。
島の外から悪いものがやってくるのを防ぐためにこうしているのだという。
そう簡単に説明するほかは黙って二十分も進んだ頃だろうか、森が開けて、踏み固められ石灰を撒いた白んだ地面が始まり、数十のテントが居並ぶ村が現れた。
裸の子供たち、裸の娘たち、裸の男たち、裸の女たちが、走り回り、籠を手に持ち、猪を担ぎ、薪を抱え、あちらからこちら、そこからあそこへ、めいめい行き来している。
楽園の
しかしそれは現実だった。
女たちの乳房はまさしく房となって垂れ下がり、娘たちの艶やかな肌は熱帯の日射しを避けるためか男たちと同じ赤い泥を塗りたくられていた。
美しいものがひどく穢されているように見えた。しかしこれは、一方は人為を抜いた人間という生物の自然の姿であるのだし、他方は自然に適応するために獲得された人間的知恵だった。
広場には高々と櫓が組まれていた。
島に高木はあっただろうか。
遠目に見たかぎりでは、丸太を立てているのではなく、細かい部分部分を接ぎ合わせて、十メートルほどの櫓を組み上げているようだった。
星の動き、月の満ち欠けで季節の動きはわかり、春の訪れを祝う祭が始まろうとしているのだ、とアブラムは言った。
春、命が華やぎ、地を駆け、空を馳せる頃。ルトが地の底の国から戻り、麦が芽吹き、ミモザが咲く頃。
島の外から来たジャン、お前は《麦》や《ミモザ》を知っているか、とアブラムは言った。
私たちは名前しか知らない。《彼方》の草花なのだ。
おけさ働け
娘たちが歌っている。
祖父や祖母が歌っていたプロヴァンスのそれだ。
彼女らの脇を通って、アブラムは私を村の奥にあるいっそう大きな幕屋へと案内した。
この島の王の住まいらしいことは、その佇まいからもよくわかった。
入口から中に入って、私はひどく驚いた……子供も大人も肌が浅黒い、黒人との混血児ばかりだ!
色の濃さは人によりけりだが、おおよそ年若いほど色素は薄く、老人ほど肌は黑く、鼻は潰れて平たく、唇は厚い。
理由はわからないが、島の王が積極的に黒人との混血を進めているらしかった。
黒人はみな裸だが、少なからぬ者が、鸚鵡の鮮やかな羽飾りを塊を成した髪の毛に刺している。外の村人たちは一糸纏わぬ裸だった。
最奥に案内された。ふたりが筵に腰を下ろしていた。
ひとりはプロヴァンスの老婆で、皴にまみれた白い肌を晒し、目の周りだけを炭で黒く塗って、柔和に微笑んでいる。
ひとりは純粋な黒人で、塊の髪と髭は灰色に汚れ、黒いばかりの目は濁っていた。
私はふたりの前の筵に座らされた。とりあえずふたりを真似て足を組んだ。インドの行者を彷彿させた。
老爺は木の皿をさしだした。皿の上にはオークの樹皮に似た色合いの、拳ふたつぶんほどの塊が乗り、湯気を立てている。
「
老爺が言った。
横に座るアブラムも手振りで促している。
私は芋を掴んで、細長いのでふたつに割った。中は鮮やかな黄色だった。甘味は無く、半ば乾き、半ば湿っている。
老婆が木の器に入った水を差し出し、飲めと言った。飲むと、ふたりは頷き、アブラムに下がるよう言った。
老爺は、自分はこの島のアダムであり、長であり、シムウンであると言った。
老婆は、自分はこの島のエバであり、長であり、マリであると言った。
「外から来て、神を信じ、預言者を騙らず、武器を捨てたジャンよ。
「言葉を同じくし、
「春を迎える祭を前にあなたが訪れたことにわれわれは深いありがたみの心を神へ捧げます。
「あなたを今日から数えて三日後の祭りにていっそう華やかに迎え入れ、
マリと名乗った老婆は郷里言葉でそう話した。
「あなたはマルセイユを、パリを、トゥールーズを、知っておられるのではありませんか」
「はい」
「お
「はい」
「喜ばしいこと。
「シムウン、わたくしの
「ジャン、ヨーロッパともアフリカとも異なるこの島について、知りたいのではありませんか」
「はい」
「ジャン、遠く海を渡りわれわれの島に辿り着いたことを改めて言祝ぎます。
「春を迎える祭まで三日の時があるのも神の思し召しというもの。
「救い主の歴史よりも後の時代のわれわれの歴史をお話ししなければなりません。順に語り起こすこととしましょう」
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