転章
質屋壱六堂外観に重なる字幕『数日後』
本が山と積まれた塙の部屋
そこで、袱紗の上に置かれたこけしをいくつか眺めている塙
塙貴壱朗「ずいぶんと美しい物ですね。手入れもしっかりしている」
鈴木善之助「お褒めいただきかたじけのうございまする。それは母の形見の品で」
コケシを手にしたまま急に聞く塙
塙貴壱朗「ところで先日、お聞きした雪女郎の話なんですが。不思議な話ですねぇ」
鈴木善之助「ええ……自分も今では、寝ぼけて見た幻かもしれない、と思うのです」
塙貴壱朗「イヤ、幻じゃない。きっと雪女郎を見たんですよ」
こけしを見ていた塙、その背中を見て、ハッとした表情になる。
塙貴壱朗「時に海坂藩では冬場は、雪は深いのですか?」
戸惑いつつ、答える鈴木
鈴木善之助「三尺か四尺は雪が積もります。こまめに雪かきをしないと、家も押しつぶされます」
わらぶき屋根に積もった雪を、必死に雪かきする子供の頃の鈴木のイメージカット挿入
寒さで手がかじかんで、息を吹きかけて必死に暖める
塙貴壱朗「そうなると冬場は男は出稼ぎに?」
鈴木善之助「男も女も……近くの湯治場や、遠くは御城下や庄内の方まで行く者も多くて……」
柳行李を背負って、雪が積もった家から旅立つ父親と母親、十代後半の息子・娘
鈴木善之助「一度別れたら少なくとも三月は会えない永の別れ。それでも泣いちゃいけないと、子供心に言い聞かせて───」
祖父母とそれを見送るまだ幼い子供達。目には涙を浮かべている
鈴木善之助「姿が見えなくなってから、ようやく泣けるんですよ」
祖父母にすがりついて泣き出す子供達
遠くを見つめるような目になる鈴木。
塙貴壱朗「鈴木殿はまるで、その場にいたかのようにお話になるんですねぇ」
塙の言葉に、少し焦ったような顔になる鈴木
鈴木善之助「なにしろ貧乏な小藩ですから、そんな光景は日常茶飯事、拙者もさんざん目にしました」
塙貴壱朗「しかし出稼ぎと言っても、男衆はまだ働き口もあるが、女衆の働き口と言えば、限られていませんか?」
探るような塙の口調に、ピンと来た鈴木
軽く溜息をつきながら、
鈴木善之助「仰りたいことはわかります。温泉宿で女がやる仕事と言ったら、飯盛り女というのは海坂藩でも品川の宿でも、同じでございます」
鈴木のイメージシーン挿入
夜の宿
布団にくるまって、行燈の光で本を読んでいる旅人
何かの気配に、本から目を離す
スッと襖が開いて、そこに立っている肌着一枚の女
好色そうな笑みを浮かべる男、本を放り出して布団を上げて誘う
鈴木善之助「我が藩に限らず、奥羽の田舎では、よくある話でござる」
塙貴壱朗「だから雪女じゃなくて、雪女郎……なんだなぁ」
ボソッと呟く塙
鈴木善之助「え?」
塙貴壱朗「鈴木殿が見た雪女郎の正体は、本物のお女郎だったんですよ」
女が
鈴木善之助「これは……いったい? なんでござるか塙殿」
キョトンとする鈴木を無視して、勝手にしゃべり出す塙
塙貴壱朗「
驚く鈴木
鈴木善之助「これは堕胎法の本でござったか」
赤面する純情な鈴木
塙貴壱朗「しかし雪深い山村なら、肌着一枚で外に出れば、すぐに子供を堕ろせる」
塙の言葉に、こけしを持つ手がプルプルと小刻みに震える鈴木
塙貴壱朗「鈴木殿が見た雪女郎というのは、子供を堕ろそうとしていた
鈴木の脳裏に思い浮かぶ、女の足下で赤く染まった血
鈴木善之助「ではあの時の紅い雪は……子堕ろしの」
着物の裾からチラリとのぞく女性の足
そこを伝う一筋の血
雪女郎「誰!?」
振り返った雪女郎の顔アップが、鈴木の脳裏に浮かぶ
しかし、なぜか細部がぼんやりとして思い出せない
塙貴壱朗「雪の中の堕胎だ、錯乱した女を見て妖怪変化と思ったか」
ため息をつく塙
塙貴壱朗「はたまた子堕ろしの女を偶然見てしまった子供に、説明に困った親が苦し紛れに作り話をしたのか───」
子供に昔話を聞かせるように身振りで雪女郎の話をしている老婆のイメージシーン挿入
塙貴壱朗「どちらにしろ雪女郎の正体はそれではないかと思います」
頭をブルブルと振った鈴木、
鈴木善之助「紅い雪の日に人形に命を吹き込むのではなく命を摘む雪女郎……」
その場を誤魔化すようにこけしを風呂敷に包み直しだして、
鈴木善之助「そう言えば拙者、大事な用を思い出しました。申し訳ござらぬが本日はこれで……」
鈴木の本心を見透かしたような塙、
塙貴壱朗「逃げるのですか?」
ドキッとした表情で、風呂敷を包む手が止まる鈴木
鈴木善之助「逃げる? いったい何のことで……」
塙貴壱朗「その手の傷は、別れ話を切り出した女から斬りつけられたんだろ?」
ぞんざいな口調になる塙
着物の裾からのぞく包帯が巻かれた手を、思わず隠そうとして押さえる鈴木
鈴木善之助「なぜそれを?」
困ったなぁ……という顔をしながら、頭をかく塙
塙貴壱朗「斬りつけた本人が先日、会いに来ましてね。その時にいろいろ」
塙の回想シーン挿入
壱六堂の前で泣き崩れる女
塙貴壱朗「それじゃあ鈴木殿を刺したのはあなたが?」
女「そんなことをするつもりは、なかったんですが…言い争う内に……つい」
塙貴壱朗「なんだってそんなマネを?」
女「あの人の……善之助様のお心が……私にはわからなくなったからです」
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