第3話 封じられていたもの
蒸し饅頭(中にはココナッツミルク味の甘い餡が入っていた。美味)を囓りながら進んでいたら、じょじょに視界が暗くなっていった。東に進むにつれ、日差しをさえぎる高木が増えてきたのだ。足下も、からりと乾いた砂利道から、シダが茂る湿った腐葉土の道に変わっていた。
この島は緑が濃厚だ。
道幅も島西部は4メートル以上はあったのに、今は森に浸食されるように狭まり、私がやっと通れるぐらいしかない。その上、低木が道にせり出すようにして枝を伸ばしているから歩きにくかった。私が通るのに合わせて、茂みががさがさと音を立てる。鳥の声はしない。立ち止まれば、ほかに動くものはなく、しんと静まりかえっていた。あたりの木々は、背の高さがばらばらのものが無秩序に生えているせいで、遠くまで見通すことが難しかった。
それは、突然目の前にあらわれた。
最初見たとき、石壁の家が建っているのかと思った。だが近づいてみてみると、塚というのか盛土というのか、子供が砂でつくった山を巨大化させたようなものに、大きな四角い石がはまっているだけだとわかった。
塚の周囲には背の高い木が密集して生えており、低木がまったく生えていない。シダがすねをくすぐる程度だ。おかげで難なく塚を一周できた。塚は直径10メートルほど、高さ6メートルぐらいだろうか。円錐台の形をしている。平坦な森の中に、突如土の盛り上がりが発生したとは考えにくいから、人工のものだろう。
塚の表面は、シダが緻密に生え、土肌を隠していた。四角い石の部分、これは2メートルほどで、表面が苔に覆われている。線の真っすぐな長方形だ。石製の扉のようにも見える。
「これが座敷牢跡地なのかなあ」
そもそも座敷牢って何だっけ。人を閉じ込めるための部屋……なのだろうが、この塚がそれなのだろうか。思っていたのとはだいぶ違う。どちらかというと古墳とか遺跡とか、そんな感じだ。
それに島民がお供えをしているという話だったから、もっとこう、しめ縄とか、お地蔵さんみたいな石像とか、それっぽい目印があるだろうと思ったのに、何もない。
「場所はここで合ってるはずだけど……」
あたりを探索してみたら、石の扉すぐ近く、シダの茂みの中に、石をくりぬいてつくった杯みたいなものが地面に設置されているのを見つけた。これがお供えの場所かな。ここにBB弾1000発パックを置けばいいのだろうか。
私は深く考えずに、BB弾1000発パックを供えてみた。
ふと顔を上げたときに、石の扉の下のほう、シダに隠れた部分だけ苔がはがされていることに気づいた。そこには文字が刻まれている。
「なになに……、想いの数だけ珠を捧げ……封じ……男は……島を……」
ところどころ風化して崩れていて、よく読めない。
「まだ続きがある。ええと、島民は珠を捧げることを禁じる……」
島民はダメだなんて、どうしてだろう、と疑問に思った次の瞬間、目の前の石の壁が粉になった。と同時に、足下の地面が消失し、私は落下していた。
顎が浮くような感覚の後に、衝撃を受けて、奥歯がガチンと鳴った。ふとももからお尻にかけてびりっとした痛みが走る。どうやら落下して、下半身で着地したようだ。
「あいたた……。もう、なんなのよ、一体」
じんじんするお尻の痛みに耐えるために自分の両腕をばしばし叩きながら、あたりを見回す。どうやら穴に落ちたようだ。それもかなり大きい、四角い穴だ。体育館ぐらいあるんじゃないだろうか。
あたりは雨の日に苔の生えた山道を歩いたときのような、土と水と緑が混ざった匂いが漂っていた。
「なんでこんな穴が急に……」
私はお尻をさすりながら立ち上がった。
見上げると、青空が広がっている。体育館の天井が丸ごと消失したような感じだ。高さというのか深さというのか、見た感じでは5メートルぐらいだと思う。ということは、私は約5メートル落下したのか。お尻はじんじんしているけど骨折などの怪我はしていないのが不幸中の幸いだ。
床は石でできており、さっき見た石の扉とよく似た色合いをしていた。壁のほうは影になっていてよく見えない。私はこの落とし穴のちょうど中央部分に落下したようだ。
床の上には、ところどころゴミのようなものがこんもりと積もっていた。乾いた土のような、糸くずを集めたような奇妙な黒っぽい塊だ。私は運良くこの上に落下したから、クッションの役目をしてくれて怪我をせずに済んだようだ。感謝の気持ちで謎の塊を眺めていたら、その中に緑色のものが陽光を反射してきらりと光ったのが見えた。拾い上げて見ると、1センチぐらいの畳の縁だった。だいぶもろくなっていたようで、指でつまんだ部分が粉になって、音もなく床に落ちた。
ひとまず穴から出る方法を探そうと、壁の方へ一歩足を踏み出したときだった。部屋の隅に、黒っぽい物がうずくまっているのに気づいてしまった。
私は動きをとめて、黒い物を凝視した。
「何あれ……」
まさかヒグマ……と嫌な想像をして、手のひらが汗ばむのを感じた。いや、この島にクマはいないはず。でもサイズ的にはちょうどヒグマぐらいなのが怖い。しばらく見つめ続けたが、動きはない。
ほっと息をついた。きっとあれはただのゴミの山に違いない。
私はもう一歩、壁のほうへ進んだ。そのとき黒い物がもぞり、と縦に伸びた。
「な……!」
一旦鎮まった恐怖が、ざわり、と戻ってきた。
まばたきする間に、黒い物は消えた。いや、違う! 別の隅へ、私に近い位置の隅へ移動していたのだ。
縦に伸びていた黒い物は、今度は横に広がった。そして、床を這うようにしてゆっくりと私のほうへ向かってきたのだ。
私は呼吸をするのも忘れて、壁に向かって走り出した。どうにかしてここから出なければ! あの黒い物に追いつかれる前に、出ないと……!
しかし、必死の思いでたどり着いた壁にはどこにも階段のようなものはなく、足を掛けてのぼるような出っ張りもなかった。
「嘘でしょ……」
すぐ目の前に黒い物がいた。
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