第2話 座敷牢跡地に寄り道しよう


「で、どこで踊ったら良いんですか」

 私がそう尋ねると、おばあさんはにやりと笑って、

「島の真んなかにハイビスカス様がいらっしゃるから、あんたひとりでちょっと行って、真んなかで踊ってきんさい」と、言う。


「え、一緒に来てくれないんですか?」

「そういう掟じゃから。舞人まいんどは一人で出かける習わしじゃあ」

「マインド?」

 おばあさんは重々しく頷いた。

「あんたはたった今からマインドになったの。あ、そうそう、ハイビスカス様のところに行く前に、座敷牢跡地にお参りしていきなされ」

「座敷牢……跡地ですか」

 すごいものがある島だ。

「そう、島のいちばん東のほう。昔、朝日に向かって建っとった研究所があってな」

「研究所?」

「そこでは人体実験が行われておったんよ」

 なんだか怖い話になってきた。 

「その研究所には、被験者の青年が檻に閉じ込められとった。ところが、研究所がゾンビの総攻撃を受けて、建物はバラバラに解体されてしもうたそうじゃ」

「ゾンビの総攻撃で」

 あり得なさすぎて、もはやツッコミを入れる気にもならない。

「でもまあ頑丈につくられた檻だけは破壊されずに残ったようじゃな。もちろん中にいた被験者も無事じゃった。ほいでもって、その後、ある金持ちが、その檻の上に屋敷を建てたんじゃけど」

「人の入っている檻の上に、屋敷を建てた」

 倫理観がだいぶヤバイ。

「その金持ちは祟られたとか、フグに当たったとかいう話で、一家離散よ」

「フグに当たって一家離散」

 もうめちゃくちゃじゃないだろうか。どこまで本当の話なんだか。

「そんで、月日は流れて家屋は朽ちて、またもや檻と被験者だけが残ったそうじゃ。ただ金持ちは檻をリフォームしとったらしくてね、座敷牢になっとったらしい」

「檻を座敷牢にリフォームですか」

 どこの業者が請け負うんだ、そんなリフォーム。

「せっかくリフォームした座敷牢じゃけども、今はもうないのよ。長年、風雨と潮風に晒され続けて、ついに崩れたっていう話じゃわ。とらわれの被験者も一緒に崩れてしもうて、まあ哀れじゃあっていうんで、島のもんたちは、座敷牢跡地にたまにお供えをするわけ。で、あんたもマインドになったからには、挨拶がてら、ほら、これをお供えしてきんさい」

 そう言って、私にビニール袋を手渡してきた。オレンジ色の小さな玉がぱんぱんに入ったビニール袋のラベルには「BB弾1000発パック」と書いてあった。

「お供え? これが?」

「座敷牢跡地にはBB弾をお供えするんじゃ。弾はいくらあっても良いからのう」

「はあ……」

「これはバイオBB弾じゃから、生分解性プラスチック製で自然に優しいんじゃ」

 なぜエアガンの弾をお供えするんだろうか。よくわからないが、きっとこの地方ではこれが普通のことなのだろう。部外者が地域の文化に対してそれは変だなんだと指摘するのは失礼だと思ったわけではなく、ただ単にどうでもいいと思ったので、私は何も言わずにBB弾をカルディの猫ちゃんトートバッグにしまった。


「それで、どういう舞を踊ればいいんですか」


 座敷牢跡地とか実験体とかよくわからない話になってしまったが、もとの話に戻すと、ヤクザもんがハイビスカスの花を盗んだせいで、ハイビスカス様という守り神がお怒りらしく、私のダンスで神の怒りを鎮めるという話だった。それとは無関係のどうでもいい話を長々と聞かされてしまったな。

 そもそもヤクザもんとは何なのか、このおばあさんとはかれこれ1時間ぐらいしゃべっているのに全然わからない。ハイビスカス様というのも何なのだろうか。何一つわからないが、まあ何とかなるだろう。踊ればいいだけなのだ。自慢じゃないが私はダンスにはちょっと自信がある。高校のダンスの授業でも、「面白い動きをする」と大評判だった。


「そうねえ、ちょっと試しに踊ってみんさいよ」

「はあ……じゃあ、こういう……こんな感じでどうでしょう」

 私は屈伸運動を繰り返しながら、手のひらを上に向けて腕を広げ、土俵入りをためらう気弱な力士のような動きをした。

「まあ、いいんじゃない」

 いいのか、これで。

「こんなんでハイビスカス様とやらは、本当に怒りがおさまるんですか」

「大事なのは気持ちじゃから」

 なるほど。

「でも、そうねえ、踊るときには、もうちょっと舞台を広く使うことを心がけたほうが良いかもわからんね。同じ場所で上下に動くだけだと、躍動感に欠けるじゃろ? 四肢を大きく動かしたり、あと、体幹を意識して、動きにメリハリをつけることを心がけると良いじゃろうなあ」

 えらい具体的なアドバイスが来た。なるほど。それが舞を踊る……マインドにとって大事なことなのか。

「いやでも助かったわい。ほかの客は踊るより追加料金のほうを選ぶもんじゃからねえ」

「え、ほかの客ですか?」

「いや、まあ、なんというか……」

 おばあさんは、もごもごと口ごもった。

「なんというかねえ、間違えてお供えの食事を食べてしまうのは、あんたが初めてじゃないんだけども、みんな素直に追加料金を払うもんだから。マインドになるのは、あんたが初めてよ」

「はあ」

「それじゃ、しっかりやんなさいよ」




 民宿を出て、まず島の東部にあるという座敷牢跡地に向かうことにした。


 島には船でやってきて、夕日を背に受けながら島の西部にある港に上陸した。それが昨日のこと。夕焼け空の下、私は島外周をぐるりと囲む砂利の敷かれた大通りを南に歩いて民宿に到着し、ご馳走を食べて、そして今朝マインドになったわけなので、まだ島内の散策はしていなかった。


 ただ、上陸したとき、港周辺だけは少し歩いてみた。郵便局とJAの支店があって、あと店が5つあったが、どれも錆び付いたシャッターがおりていた。閑散とした雰囲気だ。バスはない。にもかかわらずバス停みたいな簡易な掘っ立て小屋の待合室が、郵便局の隣に立っており、トタンの外壁には脂ぎったおじさん議員のポスターがぎっしり貼られていた。その一番端っこに、ロバタクシーのポスターが一枚だけ貼られていた。ロバが3頭、やさぐれた顔で映っている。客はこのロバに乗るのだろうか。「予約制」と赤いマジックで書き加えられたポスターは、潮風に吹かれて変色していた。


 島内の交通手段は、徒歩かロバしかない。念のためロバタクシーの電話番号はスマホに登録しておいたが、私はお金をケチりたいので、よほどのことがなければ徒歩にする予定だ。

 東の座敷牢跡地を目指して、砂利道をてくてく歩く。



 歩いていると、たまに島民とすれ違った。挨拶するたびに、

「マインド? ならまあー」

 とお辞儀されたので、

「マインドー」と適当に返事しながら、私も返礼した。


「ハイビスカス様をお慰めするよう、どうかお願いします」と深々と頭を下げられたときは、「まかせてください」と、つい調子のよい返事をしてしまった。蒸し饅頭を手渡してくれた人もいた。知らない人からモノをもらってはいけませ……ありがたくちょうだいした。お年寄りからは拝まれた。一体何なのだろうか。


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