殺戮マンゴスチン
ゴオルド
第1話 ヤクザもん、花を盗む
その島には、ハイビスカスを盗む「ヤクザもん」がいるのだという。
「ヤクザもんっていうのは、ヤクザのことですよね?」
「まさか。ヤクザじゃなくって、ヤクザもんよ。全然別もの」
民宿のおばあさんは、さっきから同じ説明を繰り返すばかりで、さっぱり要領を得ない。ヤクザではない「ヤクザもん」とは何だろう。ドラえもん的な響きがあるが、おそらくそんな愉快なものではないのだろう。
ここは島唯一の宿泊施設「民宿あお波」の1階。私とおばあさんはラタン製の受付カウンターを挟んで立ち、朝も早くから交渉の真っ最中である。ほかに客の姿はない。だって宿泊客は私ひとりだけなのだから。
「ヤクザもんは、隣の島に住んでおってな。今まではこの島に来ることはなかったんじゃ。じゃが2年ぐらい前からハワイアンパブ経営を始めたようでの。接客をするお嬢さんたちの髪にさすために、うちの島のハイビスカスの花を盗んでいくようになってしもうて、私ら島民は困っとるのよ」
「はあ……そうなんですか……」
私の気の抜けた返事に、老婆は大げさに顔をしかめてみせた。
「こりゃ、あんた、そんなヌートリアみたいな顔してないで、もちっと真剣な顔しなさいよ」
「私、これでも人間の女子大生なんですけど、似てますかね、ヌートリア」
「ああもうそっくりじゃあ」
「はあ……」
ヌートリアというのは、大型のネズミ、だと思う。確かぼんやり顔のハムスターをさらにニブそうにさせた顔をしていたはずだ。寝てるんだか起きているんだかわからないようなぼんやり顔のネズミ。私はそれに似ているらしい。
「それで、頼みというのは何ですか。私はそのヤクザもんとやらを討伐したらいいんですか?」
そんなのお断りなのだが。
「そんな危ないこと、お客さんに頼むもんかいね。あんたにはハイビスカス様のために舞を踊ってほしいんじゃ」
「ハイビスカス様? 何ですかそれ。ゆるキャラか何かですか?」
「あんた、そんなふうに言うもんじゃない。ハイビスカス様は、この島の守り神なんじゃから。この島はハイビスカス様のおかげで台風が来ないんじゃあ」
たしかに「台風が来ない島」というのは、この島のウリの一つでもあった。旅行客としても、旅のスケジュールを考えるときに台風を気にしなくてよいというのはありがたい。でもそれが守り神のおかげだなんて、いささかスピリチュアルが過ぎないだろうか。
「ハイビスカス様は、花を盗まれてお怒りなのじゃ。あんたが踊ってくれたらハイビスカス様もきっとお喜びになるじゃろう」
「うーん、でもハワイアンパブがあるんですよね。そこのお嬢さんたちに舞ってもらったほうが良くないですか」
ヌートリアみたいな地味めな女子大生が一人で踊るより、パブの皆さんが総出でダンスを披露したほうが見栄えが良いだろう。というか、花を盗んだ本人たちに謝罪に行かせるのが、一番怒りを静める効果があるのではないだろうか。
「パブがあるのは隣の島じゃからね。あの娘らは呼んだところできやしないよ。フナ代を出すといえば来るかもしれんが、このごろ渡船代が値上がりしているからのう。余計な出費は嫌なんじゃ。あんたならタダで舞ってくれるから、こりゃええと思ってな」
「はあ……」
窃盗した相手を呼びつけるのにフナ代を心配するというのもおかしな話だ。そもそもなぜ警察を呼ばないのだろう。どうも老婆の言っていることは奇妙に思えたが、あまりしつこく突っ込みを入れて、むきになって言い返されでもしたら、話が長くなって面倒くさいだろうから、理解したフリをして話を聞き流した。
「ハイビスカス様の怒りを鎮めておくれ」
「はあ……」
今から500年ほど前、日本南部に
沖縄と小笠原諸島のほぼ中間に位置するその諸島は、南国チックな島々で、いまでは日本有数のリゾート地となっている。
私は今、その留花諸島の中の「
大学の夏休みを利用して、ひとり旅でやってきた私は、朱名島に一つしかない民宿「あお波」に連泊することになった。エアコンなし、Wi-Fiなしだが、ほかの留花諸島にあるリゾートホテルに比べたらゼロ一つ少なく泊まれる上に、食事が2食ついてくる。つまり私がこの島を選んだ理由は、安いからにほかならない。安い分、サービスは控えめだ。食事は台所に用意しておくから自分で勝手に食えと言われていた。その日、客は私だけとのことであった。
宿についた日の夜、さっそく台所に行くと、すっごい御馳走と、ご飯と味噌汁と焼いたカマスの干物が置いてあった。どっちが自分用か。当然御馳走のほうであろう。なんせ私は客なのだ。迷うことなく伊勢エビやら夜光貝やらマンゴスチンやらをいただいた。どれも絶品だったが、世界でもこの諸島でしか採れない「
ところがである! 私が食べたものはお供え用の食事だったとかで、「こりゃあ、追加料金が発生するかもわからん」と脅され、「金を払いたくないのなら、頼み事を引き受けろ」と言われたのだった。それが踊ってハイビスカス様を慰めるというものなのだ。舞ってタダになるやら安いものだと、私は安請け合いした。
ただ、舞の詳細について尋ねても、いまいち要領を得ないのである。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます