第2話 『羽化』
目を覚ますと心配そうに覗き込む女の顔が視界に入る。
辺りには干し草が乱雑に積まれており、
家畜小屋特有の匂いが鼻についた。
「俺はいったい......」
「〜〜ッ!?」
余程驚いたのか女は俺を膝から突き飛ばし後ずさる。その細い首には首枷と鎖が繋がれており、勢いよく音を立てた。
見開かれた瞳には驚き......いや、恐れだ。
状況整理が未だ間に合わない。
ハッとして自分の首筋に触れたがそこにスプーンは無く、代わりに女と同じ首枷がつけられていた。まるで意味がわからない。
「うるせぇぞ〜と。ん?親方ッ、野郎が目覚めましたぜ」
「てめら、商品に傷をつけるなよ」
やがて野党の連中がぞろぞろと狭い家畜小屋に入ってきた。
獣の皮を無理矢理縫い付けた格好の大柄な男達は値踏みするように俺と女を睨みつけた。
「こっちのエルフはダメだな。見てみろ」
獣達の首領は嫌がる女の首枷を掴むと手下に下世話な笑みを浮かべながら、周りに見せつけるとゲラゲラ笑い始める。
その口には本来あるはずの『舌』が根本から切られていた。
涙目になりながらも女は嗚咽を繰り返しながら抵抗を続けている。しかし、巨木のような太い腕はそれを許さなかった。
背中まで貫通してしまうほどの拳を女の腹部へ叩き込むと、女は吐瀉物を吐き散らしながら失神してしまう。
「ケッ、売り物にもなりゃしねぇよ。口でできなきゃつまんねーだろ。おめぇら遊んでいいぞ」
「いぇーい。待ってましたよ親方ッ」
野獣達は意識のない女を貪るように、その艶めかし肌を曝け出すと強引に乳房を鷲掴み、股を触り、犯し始めようとする。
「下衆がッ! やめろってんだよ」
義父に犯される妹と姿が重なり、
助けに行こうとするが首枷に釣られ、身体は明後日の方向へ転げてしまう。
「なんだおめぇも加わりてぇか? なんなら、俺らの後で好きにすりゃいい」
「だからッ、やめ--」
彼女が受けたであろう巨大な拳が鼻下を直撃し、そのまま床に突っ伏し視界が暗転する。
無力だ。
妹すら救えなかった俺だ、いくら正義感かざしたところでたかがしれている。
何者にも縛られない強大な力が欲しい。
そのためなら、全てを投げ出しても構わない。
--其方に二言はないな? ならば授けよう。
アンタ、神様かなんかか。いったい俺の何が欲しいんだよ。
--主という存在。否、憑代とも云うべきか。我が果たせなかった悲願。主なら果たしてくれようぞ。
......天下統一でもしようってのか。
--幾多の種族を救い導いた我だが、
唯一、救えなかった者達がいる。
あの耳長、エルフのことか。この世界は俺が知る世界ではないのだろう。
舌が切られたエルフと妹、美兎の姿が重なり、憎悪が沸々と湧き上がり歯止めが効かない。
--フッ、やはり主しか代わりはおらぬな。
その感情こそが『死狂いの甲冑』を着る者に相応しい。
死装束じゃねぇだろうな? いいぜ、アンタの悲願叶えてやるよ。
神も仏もあったものじゃない。この時ばかりはそう思った。
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