第19話 きな臭い話

 「流石としか言いようがないですね」


 クロエ立ち会いのもと、領主屋敷の庭で人身売買組織組員の引渡しが行われた。

 ちなみにクロエは、シャリスが【転移ポータル】を使って連れてきたのだった。

 クロエは満足そうな顔でその様子を見つめていた。


 「我々が手を焼いていたと言うのに、これほどにも迅速とは……御二方は名のある冒険者ですかな?」


 領主の家宰が髭をしごきながら一人ずつ、名前を確認していく。


 「運が良かっただけだ」


 俺たちの正体が元勇者でしたなんて知られるわけには行かず、馬鹿正直に答えるわけにはいかなかった。


 「その面妖な仮面、何となく察しましたぞ。冒険者の出自を探るは無粋というもの、失礼致しました」


 幸いこの家宰は理解があるらしく、それ以上詮索はしてこなかった。


 「こちらが依頼達成の証明書になります。ギルドで報酬と引き換えて下され。それと当家から別途、上乗せ報酬をご用意致しましたのでこちらもどうぞお受け取りくだされ」


 そう言って渡されたのは小さな革袋。

 ちらりと見えた中身は白金貨だった。


 「こんなに貰っていいのか?」

 「結果に見合った正当な報酬です。それにそのお金でこの地に定住して欲しいという打算もありますのでな」


 力のある冒険者が住んでいる、それだけで領地の価値が跳ね上がることはままある話だった。

 故に俺たちが魔王討伐に勤しんでいた頃、立ち寄った街では地元有力者や貴族に「どこそこに活動拠点を置かないか?」という話は頻繁にされたものである。


 「私たちには自身に課した使命があるの。こればっかりは、受け取れないわ」


 シャリスは白金貨の受け取りを辞退するが家宰は首を横に振った。

 

 「貴方たちのおかげのこの街の治安が向上したのは確かなのです。打算抜きでもそれを受け取る価値はありますよ」

 

 家宰はそう言うと俺の手に革袋を握らせた。


 「これ以上の固辞は失礼になりますよ?」


 クロエがそう言ったのは、もっともだと思い俺は受け取ることにした。


 「では有難く頂戴するか」


 手応え的には十枚以上の白金貨が入っていた。

 日本円換算で言えば軽く一億円以上はあるわけで―――――もう金銭感覚が麻痺しそうだった。


 ◆❖◇◇❖◆


 「これが私たちの組織の持つ大陸情勢の全てです」


 クロエの家に戻ると、数枚の紙を手渡された。


 「今一番バチバチしているのは、人狼族とヴァルデック侯国との境ですかね……」


 どの種族とも折り合いの悪いアウトローな種族である人狼族は、生粋の喧嘩師ばかりで実力至上主義を標榜している連中だった。


 「ロストック王国と長耳族エルフのいざござが伝わったらしく、殺られるくらいなら殺ってやると戦を始めたらしいですよ」

 「たった数日の話だぞ?随分と耳が早いな」


 感じた違和感をそのまま口にすると、クロエは目を泳がせた。


 「なぁクロエ、なんで目を逸らす?」

 「いやぁ……そのぉ……虫が飛んでた的な?」

 「なんで疑問形なんだよ」

 

 もう、何となく理由は察した。


 「はぁ……そうなることが分かりながら情報提供したんだろ?」


 クロエにそう問いかけると、クロエは長い耳を畳んだ。


 「上からの命令に逆らえなかったんですよぉ……」

 「上というのは……?」

 「族長会議です……」


 国家というものを持たず、種族でまとまって暮らす傾向にある獣人族にとって族長の決定は国王の決定と同義だった。


 「そう……なんだかきな臭い話ね」

 

 シャリスが俺の言いたいことを代弁した。


 「諜報組織で生計を立てる種族なだけあって、調べても何も尻尾を掴ませてくれないんですよぉ……」


 参ったと言いたげにクロエは言った。


 「まぁ兎にも角にもこればっかりは人狼族の所に行くしかないだろうな」

 「そうね。それで見えてくるものもあるでしょうから」


 何か背後でよからぬ事を企む人物がいる気がして気は進まないがな。

 こうして、俺たちの次の目的地は決まったのだった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る