第20話 平和ボケの国の勇者

 「たまにはいいわね。こうやって馬車に揺られてみるのも」


 ヴァルデック侯国へは行った試しがなく、シャリスの【転移ポータル】が使えないので俺たちは行商人の馬車に乗せてもらうことにした。


 「お前さんたち、どうやらこれ以上は行かない方が良さそうだ」


 行商人は小高くなった場所へ馬車を止めると南の方向を指さした。

 聞こえる怒号と人集り。

 絶賛、人狼族とヴァルデック侯国との戦闘の真っ最中だった。


 「やりあってるわね」


 シャリスが魔法を用いて視界を拡大表示させた。

 見たところでは兵の数は両勢力ともに拮抗していた。

 だがここの戦闘力で言えば人狼族の方に軍配が上がる。

 戦闘力で劣るヴァルデック侯国兵たちは統率力でそれを補おうてしていたが、粗暴という言葉に尽きる人狼族の攻撃を前にジリジリと押されていた。

 地図で言えばこの一帯は侯国の中心部に近い。


 「だいぶ攻め込まれてるな。シャリスはどうしたい?」


 この世界でいうところの人族ヒューマンである俺はそっちの側に立ってものを考えてしまうが、シャリスは長耳族エルフであり立場も違えば考えも違うだろうと俺は、尋ねた。


 「クロエから聞いた話で判断すればイキがってる人狼族が悪いわ。殲滅一択よ」

 「だがそれだと不和が深まるだけで根本的な解決にはならないだろうな。とりあえず戦闘を止めれるか?」


 目指すべき終着点は無駄な争いを止めることだ。

 ここで人狼族を壊滅に追いやれば、勢いづいたヴァルデックが人狼族を根絶やしにしようとするのは明白。


 「それならうってつけの魔法があるわ」


 シャリスはそう言って微笑むと魔杖に魔力を纏わせると静かに詠唱した。

 

 「【終末業火ラグナロク】」


 この世界に生きるものの誰もが知る世界の終わりの神話。

 神々の争いはやがて全てを焼き滅ぼす炎となって世界は消滅する。

 そんな神話を想起させるほどの炎が、大空を焦がしていく。

 シャリスの【終末業火ラグナロク】は、事情を知る俺でさえも騙されてしまうだろう程の規模だった。


 「なんだあの燃え盛る空は!?」

 「なぁこれって……」

 「神話は本当だったって言うのかよ!?」


 人狼族の戦士たち、そしてヴァルデックの兵士たちも動きを止めて深紅の炎で燃え盛る空を見上げた。


 「見かけが派手なだけで攻撃力がさしてないから一度も使ってこなかったのよね」

 「オリジナルなのか?」

 「幻影魔法と火属性魔法の融合よ。大したことないわ」


 無属性魔法と属性魔法という相反する間柄の魔法を掛け合わせを大したことではないと言えるのは流石シャリスだった。

 これほどまでの魔術師であるシャリスが改めて得難き仲間であることを再確認させられた。


 「さて、説得するんでしょう?」


 シャリスが魔杖をひと振り、空を覆っていた炎は嘘のように消え去った。


 「そうだな。このやり方が遠回りってことは分かりきってるんだが……どうにも俺の性分らしい」


 平和ボケした国に生まれたという自分の出自も相まってか、すぐ対話での解決を模索してしまうのだ。


 「優しいところもカナタの魅力だわ」


 いつものようにシャリスはそっと俺の背中を押して応援してくれるのだった。

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