第6話 「それは残像だ(キリッ)」
「調子に乗ってんじゃねぇぞ、このアマぁぁぁぁッ!!」
冷静さを欠いたとても勇者とは思えない言葉とともに激情に駆られて新しい勇者は、突っ込んで来た。
「はい釣れたー、チョロっ」
人悪い微笑みを浮かべながらシャリスは記憶魔法でその様子を絶賛映像記録中だった。
「馬鹿にしたことを後悔しやがれ!!」
脚力と敏捷性をバフされた勇者の剣をシャリスはもろにくらった。
腹から背中へと突き抜けた剣、そして噴き上がる赤い血液。
「女の方は殺しちまったぜ?」
勇者が「どうだ」と言わんばかりの表情で、俺を見た。
「嘘だろ……ッ!?」
「もうお前らは不要なんだよ。分かったらさっさと剣の錆になるんだな!!」
そう言うと勇者は大仰に剣を構えてみせた。
もう面白くて仕方なが無かった。
「おいおい、嘘だろッ!?あひゃひゃひゃ」
笑いが止まらない。
勇者であるはずなのに、こんなことにも気付けないのか。
少なくとも俺が初めてシャリスと出会ったとき、シャリスの可愛らしいこの悪戯に気付けたぞ?
「何が面白いんだよ!?ラリってんのかてめぇ!!」
分からない、と言いたげに勇者は叫んだ。
「笑いものね。ぷくくくくくく」
きっと勇者の視点では殺したと思っていた相手が目の前に突然現れて笑っている。
そんなふうに見えたことだろう。
俺の目には常に横でニヤニヤしながら映像を記録するシャリスが映っていた。
「バカなッ!?さっき殺したはずだろうが!!」
勇者は足元に倒れていたはずのシャリスの方を見返すと驚愕に言葉を失った。
殺したはずのシャリスはそこにいないのだから驚くのも仕方ないだろう。
「貴方の世界の言葉に倣うのなら『それは残像だ』とでも言えばいいかしら?」
『幽☆○☆白書』かよ……そういや今日、シャリスはAmadonのプライムビデオで見てたんだっけ。
「面白い光景を見せてくれた貴方のために種明かしをしてあげるわ。貴方が見ていたのは幻影よ」
相手の精神に干渉し、ありもしないはずの幻影を見せる魔法だった。
シャリスは他にも精神に干渉しない形で虚像を生じさせるような魔法も得意としていた。
「そんな未熟なのにあんな大言壮語を吐くなんて滑稽よ?もう人前で大きな口を叩くことはオススメしないわ!!」
シャリスにいいようにやられる今代の勇者にエルフたちも笑いだした。
「野郎てめぇッ!!」
今度は俺かよ……。
勇者は剣を構えると俺の方へと間合いを詰めてきた。
「プライドが邪魔して現実を受け入れられない、か……」
怒りに任せた技巧もへったくりもない剣を軽く受け流すと、少し離れた所へと飛ばした。
「勇者は無力化した。それでも戦うというなら喜んで相手をするぞ?」
ちょっとばかり威圧感のある物言いでロストック兵に撤退を進めると、彼らは互いを見つめあった。
「見逃してくれるのか?」
部隊の指揮官と思しき女騎士が前へ出ると、尋ねてきた。
「自分たちが救った連中の命を自分たちが奪うのは気が進まないからな」
そう返すとエルフの方を振り返った。
「犠牲は無用だ。エルフたちは満足いかないかもしれないが、今日のところはこれで矛を収めてくれ」
怨嗟の籠った視線でロストック王国軍を見つめるエルフたちにそう言うと、
「納得出来るわけないだろうが!!」
「刻んでゴブリンの餌にしてやる!!」
などとエルフは騒ぎ出した。
だが、彼らは次の瞬間黙らされた。
「カナタの裁定に意義があるというのなら出てきなさい。今すぐ消し炭にしてあげるわ」
空間を圧迫する程の魔力を魔杖に纏わせてシャリスが一喝したのだった。
「共に戦った仲間を裏切るような命令、元々乗り気じゃなかった。この手を汚し悪逆非道の者にならずにすんだこと、礼を言わせてくれ。この恩は必ず返す」
指揮官である女騎士は、シャリスの圧力にも屈せず、そう言うと隊列の中へと踵を返していった。
そしてロストック王国軍を引き連れ、粛々と退却していった。
これにて一件落着―――――だったらどれほどよかったことか……。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます