執筆

「物語を読んでいると、物語を書きたくなる。」


どうやらこれは、一定数ある共通認識らしい。

最初こそ根拠の無いものだと思っていた。

自分には当てはまらないものだと。

だが、それは唐突にやってきた。

自分で物語を書いてみたいという衝動が。


僕は、物語を書き始めた。

物語の続きを書きたくなるたびに、この世界へやって来るようになった。

今もベッドに横たわってノートを開きながら構想を練っている。


相変わらず聞こえてくるのはセミの鳴き声。

だが、そんなセミに負けないくらい他の音も混じって聞こえてくる。


この世界はたまに騒がしい。

祭りとも暴動とも区別できない騒動が外から聞こえてくるのは珍しくない。

テレビをたまに点ける。

そのたびに、この世界のどこかで起こっているであろう悲惨な映像が頻繁に映し出された。

ただ、僕はそんなことには目もくれず、ひたすらに物語を書き続けた。


物語を書き上げると、そのたびに出来上がったものを<海>に放り込み続けた。

物語を書き上げるたびに満足し、時間を置いて読み返し、他人の物語に浸り、また自分の物語に修正を加えていった。

自分の物語を書くことと他人の物語を読むこと。

これらは同じような趣味に見えるかもしれないが、それぞれ独立した楽しみだった。

それぞれから得られる満足は全然違うものだ。

優劣はつけられない。


<海>に放り投げた作品は、この世界の住人に届くようになったようだった。

僕の物語へ反応がつくようになったことで気づいた。

そのうち、反応が急に増えたときがあった。

それが、いい意味なのか悪い意味なのか、僕には分からない。

そもそも実在する存在からの反応かも僕には判断がつかない。

<海>には、すでに無数の人間の思念やどこぞの誰かが作った疑似人格がはびこっている。

そういった”人ならざる者”たちが、勝手に文字列を形成して送り付けてきているのかもしれない。

僕はいつも思うことにしている。

姿の見えない存在は、存在していないことと同義だ、と。

僕がこれまで世界を渡って来て出した結論だった。

もっとも、批判と称賛、どちらであっても、僕ができることには限りがある。

だからこそ、僕は自分の作業に専念した。


僕は書き続けた。

僕の物語は、最初は子どもの作文だっただろう。

それでも書き続けた。

物語を一つ完成させた頃には、次の物語を書きたくなっていた。

また、物語を書いている合間に他人の物語を読むことで得られる気づきもあった。

他人の物語を読み、新しい物語を書き、古い自分の物語を書き直しているうちに、自分の読みたい物語の形に近づいていった。


「ピピピ!」

アラームの音に我に返る。

ベッドから降り、窓際に立つ。

日は完全に落ち、闇夜の支配に変わっている。

今回も時間切れだった。

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