第14話 モーニング アフター
注: このエピソードには性的な描写があります。十五歳未満の皆さんはウィンドウまたは画面の隅にある左矢印で前のページに戻りましょう。
そして本日、十二月二十八日、水曜日。
私は激しく落ち込んでいる。己の大胆さに恐れ慄いているのもある。しかし、それ以上に私を落ち込ませているのは、柾木さんの態度だ。私と目を合わせてくれないのだ。
その原因は私にもある。それは分かっている。しかし、今や私と柾木さんは膠着状態だ。瞬間接着剤で固めたくらいガッチガチだ。
明日からはお正月休み。このまま新年まで持ち越すのだろうか。持ち越せればいいが、このままウヤムヤになってしまう可能性の方が大だ。それは避けたい。いくらなんでも私はそこまでさばけたオトナではない。
二十五日はまだ良かった。
私は朝の六時頃、ホテルで目覚めた。正確に言うと、柾木さんに起こされた。
肩をそっと揺らされて目が覚めた。開いた目に映ったのは見知らぬ部屋だった。自分がどこにいるのかわからずに、しばらく動けずにいた。ゆっくりと記憶が戻ってくる。そうだ、あの後、柾木さんとホテルに来て……。
がばっと飛び起きる。横には柾木さんが身体を横たえていた。もちろん、何も身に着けずに。私は無意識に自分の身体の前にブランケットを引き寄せていた。
「起こしてごめん。でも、俺、今朝羽田行かなきゃなんないんだ。人迎えに」
私は、まだ働いていない頭で柾木さんを見る。
「だから、もうすぐ出るけど、あかりさん、どうする? 一緒に出る? それでも平気?」
(……平気?)
少し考えて気が付いた。柾木さんは、私が彼と一緒にいるところを人に見られても大丈夫かどうかを気にしていてくれているのだ。私は黙ってうなずいた。柾木さんはそのまましばらく私を見ていたが、私が前に抱えていたブランケットをゆっくりと引っ張った。
「でさ……」
私は思わずブランケットを握る手に力を入れる。でも柾木さんはブランケットを引く力を緩めなかった。
「出る前にシャワー浴びたいんだけど……一緒に」
私は顔だけでなく、全身を赤くした。
柾木さんと駅まで一緒に帰った。柾木さんは上り方面で二駅先が自宅だと言う。私は反対方向。柾木さんの家まで一緒に来れば、車で送ってくれると言われたけれど、それは悪いので断った。柾木さんだって大して寝ていないはずだし、これから空港へ行かなくてはならないのだから。
改札を通ってそれぞれのプラットホームへ登る階段の下で私たちは立ち止まった。どんな挨拶をしていいのかわからず、どちらもぎこちなく黙り込む。早朝の駅だったが、人の行き来は意外に多かった。
「……また明日」
柾木さんがようやっと言った。私は何も言えずに黙ってうなずいた。
「……じゃあ」
柾木さんが自分のプラットホームへ続く階段へと向かう瞬間、私は、胸の前で小さく手を降った。柾木さんは軽く微笑んでから、背中を向けた。その背中を見た瞬間に、昨夜、会社のエレベーターを出ていく柾木さんの背中に「行かないで」と感じたことを思い出した。同じ気持ちを味わいたくなくて、私も急いで背を向けて階段を小走りに登った。プラットホームに着くと、丁度柾木さんの方面の電車が入って来たところだった。日曜日だったが、上り方面の電車はもうだいぶ混んでいて、柾木さんが電車に乗るところは見えなかった。忙しない発車のアナウンスに続いて上りの電車が走り去った後、ホームにはもう誰もいなかった。
二十六日、月曜日の朝、私は並々ならぬ覚悟で会社に来た。
日曜日は一人で赤くなったり青くなったりして過ごした。よく考えたら、自分で奢ると言っておきながら、食事もホテルも全部お金を払ったのは柾木さんだった。そんな私がどんな顔をして柾木さんに会ったらいいのか分からなかったし、柾木さんがどんな態度をとるのか想像もつかなかった。日曜日の朝に別れるまで、柾木さんは確かに優しかった。でも、一晩経ってみたら冷めてしまうことだってある。柾木さんだって男だから、据え膳を食べても不思議ではないし、アニタさんと別れてしばらく経っているようだから寂しかったのかもしれない。
(万が一、あれが柾木さんとの一夜限りのことであったとしても、大人の対応を心掛けよう)
それが私の決断だった。
(……あと、お金もきっちり精算しなくっちゃ)
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