第10話 第三回戦
夕樹が対戦スペースまで移動した時、濡羽碧は既に疲労困憊といった様子だった。地べたに座り、荒く息をして肩を上下にしていた。濡羽色の髪が汗で額に張り付き、品のいい銀縁の眼鏡が少しずり落ちている。
「えぇっと、大丈夫ですか?」
「ああ、すみません。大したことはないです、俺が運動不足だっただけで……」
碧は立ち上がろうとするも、脚に上手く力が入らないのか何処となく頼りなさげだ。
「いや、凄いですね皆さん。どうしてあんなに魔法を使っていて息切れしないのでしょうか」
「魔法を使っていて、息切れってしますか?」
「言わんとしていることはわかりますよ。でもこれは模擬戦じゃないですか。走り回りながら魔法を撃って、転がって避けて……全身持久力がない俺にはキツイですよ」
漸く立った碧がぎこちなく礼をしたので夕樹も礼を返した。
「対戦よろしくお願いします、星倉さん」
「こちらこそ、対戦よろしくお願いします」
夕樹が構えをとると同時に、碧は魔法を発動した。
夕樹の元に鋭く空魔法が飛んでくる。ぎりぎりで夕樹は身体を捻った。魔法は矢のような速度で耳元を掠めた。反撃として、飛んできた魔力にハッキングを仕掛ける。撃った時点でコントロール権限は捨てていたようで、簡単に操作権を得られた。ベクトルを追加して、方向を変える。
「平面上では、一次独立なベクトルが2本あれば、どこでも狙えるから、ねッ」
必死に脳内で平行四辺形を作って、夕樹はベクトルを加えた。先程と同じプログラムも挿入して。濡羽が慌てて防御魔法で弾いたが、そう遠くないところで火花として弾けた。
「あっつ!」
碧が素早く手を引っ込める。
「そっか……そうだよなぁ」
誰も言葉にしなかったので夕樹は忘れかけていたが、火花が近くで爆ぜれば熱いだろう。学校で習う防御魔法は魔力を散らすものであって、それ以上の能力はない。そんな単純なことさえ忘れるほど、夕樹は魔法というものに麻痺していた。
碧がズレた眼鏡を片手で直すと同時に、端末を前に向けた。刹那、空中にコマンドプロンプトに似た画面が写る。通常、ああいうウィンドウは非表示になるように標準設定されている。それが見えたということは、ウィンドウを非表示にする余力がないほどの魔法が今起動されたということだ。まずい、と防御魔法の術式を少し練り上げたと同時に碧が叫んだ。
「Basic, clavus!!」
細い閃光が幾本も飛んでくる。冗談ではない。慌てて走り、転がり、最後避けられないものを防御した。それでも少しビリビリと身体に衝撃が走る。夕樹は舌を巻いた。
「やったか!?」
「そういうときは、」
夕樹は大きく深呼吸する。端末を構え、音声入力で術式を組み上げる。碧が放った魔力を再収集するイメージをする。
「大抵『やって』ないもんだよ!」
集めた魔力を一本に絞り、放った。体力がないのだろう、碧は諦めたように立ち竦んだまま、砲撃を正面から受けた。
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