第7話 初戦
模擬戦はどちらのコースも外でやるようで、基本コースはトーナメント、演習コースは総当たり戦だった。どちらも今は1対1だが、先生はそのうち多対多やバトルロイヤル形式もやると言っていた。グラウンドへ歩きながら、足取りがどんどん重くなるのを感じた。
周囲で入念に準備運動をしている人を見ると、何だかとても落ち着かなかった。魔法科学の万年1位だ、という自負が明らかに夕樹にプレッシャーとなっていた。気持ちを整えようと深呼吸を繰り返し、対戦相手を確認する。
よりにもよって初戦は秋夜だった。
「嫌だぁぁ……絶対負ける……」
「負けると思って戦えば負けるよ」
「じゃあ勝てる思って戦えばお前に勝てるのか?」
「無理だろうね。僕、君が相手でも手は抜かないよ。本気ではやらないけど」
この余裕ぶった表情が憎らしく思えるほどの余裕さえ、夕樹にはなかった。
「お手柔らかにね……」
「そう言われると叩きのめしたくなるからやめて」
「性格悪いにも程があるよ」
2人で何となく開けた場所に移動する。ボーダーがなかったので、みんなある程度の距離をとった所で試合を始めるようだ。
「えー、じゃあ、対戦よろしくお願いします」
「こちらこそ、よろしく」
互いに一礼して、夕樹は端末を構える。しかし秋夜は両手を上げて立ったまま何もしない。
「……どういうつもり」
「ハンデだよ。これから15秒、無抵抗でいてあげる。移動しないし防御魔法しか使わないから、お好きにどうぞ」
舐められている。しかし夕樹は腹立たしく思わなかった。寧ろそこまでされて尚、勝てないかもしれないと思った。
「じゃあ、お言葉に甘えて」
言うや否や風を巻き起こす。この模擬戦の勝利条件は相手が膝を着くまで。ならば手っ取り早く体勢を崩した方が良い。風魔法なら魔粒子を集めて作っているだけの隙間の多い防御魔法じゃ防げない。はず。
夕樹の予想通り、彼は少々苦い顔をしながら無抵抗で風を浴びていた。風力を強めてやれば、吹き荒れる砂埃に耐えきれず、目を瞑ったように見えた。
「ッ……!」
今が好機と夕樹は空魔法、つまり魔力砲を撃ち込む。砲撃と言っても、小石ほどの魔力弾3発しか撃ち込めなかった。それでも衝撃は凄まじいはず。残念ながら砂煙が上がって見えないが、警戒は怠らない。この程度で負けるわけがないのだ。防御魔法を展開する心構えをして、煙の向こうを見据える。夕樹の心の中で数えていたカウントが、15になった。
途端、煙は風で吹き飛び、秋夜の姿が露わになると同時に、端末を持っている右手に衝撃と熱を感じ、気がつけば端末を取り落としていた。拾おうと手を伸ばすと突風が身体を押し留めた。喉元にやや冷えた板のようなものを感じて身を捩ると左腕を強くねじり上げられた。
「抵抗しないで。僕、君の喉元に魔法を撃ちたくない」
背後から耳元でそう囁かれ、喉をトントンと彼の端末で叩かれる。心の底から湧き上がる恐怖に発狂しそうになるも、必死に息を飲み込みながら現状を確認する。
夕樹自身の端末は2時方向、約50cm先。そして、左腕は後ろの彼、秋夜に掴まれていて、ついでに喉には彼の端末。
「ねえ、君が自分で膝を折ってくれないかな。この勝負、膝を着いた方が負けなんだよね?」
秋夜が少々威圧的に提案、というか取引を持ちかけた。取引を飲めば夕樹は痛くないし秋夜は勝てると。
「……却下」
「そう」
反論の余地さえなかった。夕樹の言葉を聞くや否や秋夜は夕樹の膝に蹴りを入れ、無理矢理地面に崩折れさせた。
「はい、僕の勝ち。中々強かったね、焦ったよ」
頭上から降る声。悔しみや憎しみ、屈辱感などが夕樹の胸中でごった煮になり、かといって全てを吐き出せるわけもなく、夕樹は涙を零していた。自分の影が落ちている乾いた地面に雫が吸い込まれていく。何となく自分の中のやるせなさも吸い込まれていくようで、夕樹は次第に呼吸が楽になった。
ぐい、と腕を引いて立たせられた。秋夜が心配そうに夕樹の顔を見つめていた。かと思うと先程ねじり上げられた左腕をまた強い力で掴まれる。鋭い痛みが走り、夕樹は苦痛に顔を歪めた。すると手はサッと離れた。まだ痛む左腕を擦って秋夜を睨むと、彼は満面に笑みを浮かべた。
「はははっ、君もそういう顔するんだね。面白いなぁ」
「……面白い? というか、なぜ触った?」
「え? 君の泣き顔、見たことなかったから見たいなぁって思って」
屈託なく、心底嬉しそうに彼は笑った。そこには悪気どころか嘲りの色さえ見えなくて、純粋に彼が楽しんでいることがわかった。
「いかれてるよ」
「そうかな。好奇心旺盛だとは思うけど」
「君は文系に進むといい。3年生になったら倫理を学べるぞ」
「そりゃ楽しみだね」
それじゃあまた、と手を振って次の対戦相手の下へ向かう彼を見送りながら、夕樹は左腕を見た。
「仮にも護衛対象を、痣になるまで掴むなって後で苦言を呈しておくか」
既に赤をすぎて青くなっている跡を擦りながら夕樹は独り言を溢して端末を拾い上げた。
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