第6話 祈り

 次の週の金曜日。告知通り魔法の模擬戦が執り行われることとなった。しかも午後の授業2時間分を使っている。


「君、自信はある?」


昼休みに手作りのおにぎりを頬張っていると、秋夜が笑みを浮かべて尋ねた。


「魔法の自信はある……けど、戦うのは気乗りしないな。私、体力に自信ないから」


「避けられないなら防御すればいい。君なら難しくない」


「そういう君は自信あるんだろうね?」


「勿論。まあ、君もちゃんと魔法の復習しておけば大丈夫だよ」


そうだといいな、等と他人事のように返した。朝配られたプリントを確認する。今日の模擬戦は今まで習った魔法全て使っていいと書いてある。夕樹は習った魔法を振り返る。


「風魔法と火魔法か。あと空魔法」


風魔法は魔粒子を押し出して風を作るだけ。火魔法は魔粒子の摩擦熱で対象を発火させるもの。空魔法はそういった魔力エネルギーの変換を伴わない、純粋魔法。どれも扱いが難しくない魔法だけだ。


「火魔法って、夢がないよな」


夕樹が呟くと、秋夜はそうかもね、と相槌を打った。夕樹は深く溜息をついた。


「火魔法なんて言うから、てっきりファンタジーのように炎を操ったり、火炎放射とかができるんだと思ってた」


夕樹は初めて起こした火魔法を思い出した。端末の先からパチっと火花が散っただけだった。火傷しそうな熱さだった。衣服に少し穴も空いた。それなのに用意した火種には一向に燃え移らなかった。


「火魔法といえば聞こえはいいが、要するに物質の自然発火温度まで急上昇させる魔法だからな。ただの着火だから燃料はいるし、魔力単体で爆発は起こせないし。できるなら魔法犯罪がもっと起こっているさ。僕も一回くらいやりたい」


「空魔法が一番ロマンあったかもね。何しろまだまだ未知の世界。魔粒子が電子のように振る舞えたら、私でも雷魔法も撃てるのかな?」


「せいぜいスタンガンが限界だよ。第一類魔術でレールガンぐらいじゃないか?」


「第一類魔術を撃てるデバイスとか、戦車サイズだろうな。実用性を考えるとレールガンを開発したほうが幾分コストが軽そうだね」


考えれば考えるほど夢がない。そりゃそうだ、ここは現実。そして魔法は魔法であって超能力ではない。化学の実験で常にフラスコが爆発するわけではないのと同じだ。


 もぐもぐとただの塩おにぎりを頬張っていると、秋夜が「良いことを思いついた」と言って手を打った。


「君は運動が苦手だって言ったね。それじゃあ少し身体が軽くなるおまじないをしよう」と。


「何だそれ。いや、気を遣ってくれるのはありがたいけれど……おまじない?」


御呪おまじないだよ。魔法と違って目に見えて何かが起こるわけじゃないけど」


そう言うや否や恭しく膝を折り、手を組んで頭を垂れた。また随分と仰々しいことだ、と夕樹は思った。


 秋夜が低い声で何かを唱え始めた。それは囁くように静かな声で、一定の調子がついていた。次第にそれが単なる調子ではなく、讃美歌のようなメロディーであると気づいた。滑らかで引き込まれる美しい声。神を慕う天使の如く彼は歌っていた。


「……よし。どうかな、少しは動きやすくなった?」


そう純粋な目で尋ねる彼に、夕樹は何も返せないでいた。

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