第4話 Select

 その後もずっと練習を続け、1日が終わる頃には夕樹も秋夜がやっていたように落ち葉を落とさず風を出すことだできるようになった。


 風を操る、などという大層な感覚はない。バレーボールで、落とさないように球を上げ続けるのと変わらない感覚だった。


「本当に、意外とあっさりできるものだな」




帰りのSHRが終わり、教科書類を鞄に片付けていると、


「星倉さん、こちらへ」


担任の先生が手で招いている。慌てて夕樹は立ち上がり、先生の下へ駆け寄った。


「お疲れさまです。早速で悪いのですが、少々頼み事があります」


先生は何十枚かのレポートと思わしき書類を出した。夕樹が教卓に身を乗り出して見ると、そこに著者の名があった。


『Select計画における魔力源鉱石と自己判断能力の質について 著者:星倉誠司 星倉叶笑』


夕樹は弾かれたように顔を上げた。


「そう、貴女にはご両親の研究の続きをお願いしたくてですね……」


「できますかね。私はまだ学生なのに」


「これはご両親が大学生の頃から研究なさっていましたよ。気にすることはありません。それに、今すぐにというわけでもありません。まずはこの研究レポートを読むことをお勧めします」


夕樹はおずおずとレポートを受け取った。厚さ5cm以上はあろうか。胸が高鳴った。早く寮に戻って一人レポートを読み進めたかった。


 いや、もう1人部屋ではなかったな、と夕樹は思い出す。


「彼とは順調ですか?」


先生が少し気遣わしげに尋ねた。彼、とは秋夜のことだろう。


「順調かはわかりませんが、まあ特別な問題はありませんよ」


「変なことは言っていませんでしたか?」


変なこと。夕樹は少々考え込んだ。全ての言動がちょっとずつ夕樹の常識とズレているので何を変とするか困った。


「思いつきませんね。どうしてですか」


「いえ、何もないならいいのです。ただ、彼は虚言癖がありますから。お気をつけて」


それは気をつけてどうにかなるものなのだろうか。そんなことを思いつつ、夕樹はレポートを手に駆け出した。教室を出て、廊下を駆け抜け、靴を履くのも焦れったく、通学路のアスファルトに何度もつま先を打ちつけながら走った。


「ちょっと待って、どうしてそんなに慌てている? 少しスピードを落としてくれよ」


秋夜が後ろから追いかけているようだった。しかし夕樹は目もくれず走り続けた。1分でも早く、このレポートのページをめくりたかった。


 寮室に着くと鍵もかけずに部屋に駆け込み、ベッドの上の腰を下ろした。そのまま食い入るようにレポートを読み込む。


「どうしたんだよあんなに急いで。そんなにその……本? いや違うな……まあソレを読みたかったのか?」


程なくして秋夜も帰ってきた。いくつかの手提げ袋を持っている。鍵は彼が閉めてくれたようだ。


「何読んでんの」


覗き込むようにして秋夜が顔を近づける。そっと距離を取りつつ夕樹は応えた。


「ちょっと黙って」


「タイトルか作者だけでも教えてくれないか」


「『Select計画における魔力源鉱石と自己判断能力の質について』っていうレポートだよ。著者は私の両親」


秋夜がピクリと頬を動かす。彼は少しした後、静かに訊いた。


「仕事?」


「仕事。でも肝心なSelect計画が何なのか、このレポートじゃあいまいち掴めないな。秋夜は何か知っているか?」


彼は逡巡した後、ゆっくりと躊躇いがちに話し始めた。


「初めは、自立型人工頭脳搭載の魔法道具、Easily Controlled Tools――通称ectを作ろう、という計画だった。命令すれば勝手に実行してくれるだけじゃなくて、ある程度自分で判断して実行してくれる便利道具。星倉氏のソレは最高傑作の部類だった。人間と遜色ない判断能力、道具としては類を見ない忠誠心。神がかった性能のソレを前に、人々はソレ等……いや、もはや路傍のectとは比べ物にならないをこう呼んだ」


彼は夕樹の持つレポートの文字をなぞって、噛みしめるように言った。


「Sacred Existence Like Easily Controlled Tools」


簡単にコントロールできる道具のような、神聖なる存在。


「これが、Selectだ」

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