第3話 魔法科学演習 2

 夕樹は周囲を見渡す。このクラスは30人ほどいるが、このコースになった人は夕樹らを除くと4人。おまけにいろんな教科でも好成績の人ばかりだ。魔法科学という分野は、化学方面の知識と正しい術式を組むプログラミング能力、組み上げる魔術の想像力と、様々な能力が求められる。“器用貧乏の魅せ場”などというあだ名もついているほどだ。


「どうしてわかる?」


「わかるさ。まあ先生が言ってくれるだろう」


秋夜が顎で八神先生を指す。それにつられ夕樹も八神先生を見た。


「では、実践魔術演習コースの皆さんには、通常コースの人とは違って始めから第二類魔術を扱ってもらいます。貴方達の端末のリミッターを一部解放してあります。確認してください」


そう言われ夕樹は端末を取り出し、セーフティロックを解除した。しかし確認しろと言われてもどうすればいいのかわからない。周囲を見ても同じようにして固まっている人ばかりだった。


 一人を除いて。


「Ostende mihi licentiam」


秋夜は逡巡もせずに、はっきりとそう言った。彼の端末のラインが煌めくと、空中にパソコンのウィンドウのような画像が映し出された。夕樹もそれに倣って唱えた。彼のものと同様にウィンドウが表示される。扱える魔術が第二類魔術まで。また、所有者の欄に夕樹の名前と魔術取扱資格、所属も記載されていた。所属は魔法庁公安局魔法課、嘱託魔術師。保証機関にQwerty機関の名がついている。


 秋夜がフッと笑い、夕樹の肩をつつく。夕樹が振り返ると、彼は自身の端末のウィンドウを見せた。


 いや、「自身の」というと少し語弊がある。正確には、「彼自身の端末で表示している“ここにいる全ての生徒の端末のウィンドウ” 」を見せた。秋夜本人は勿論、夕樹のものも、他4人のものも全てである。


「な、皆Qwertyから魔術取扱資格を貰っている。僕の言った通りだろう?」


「え、いや、その前に……何で全員のが映っている?」


「ハックしたんだよ。いくら日本のデバイスと言えど、教育機関で配られる端末はセキュリティがザルで楽だね」


秋夜がクックッと喉で笑ってみせる。「うわぁ」と夕樹が声を漏らすと秋夜がまた眉を下げた。


「また引いた」


「引くよ。ハッキングを誇る奴とか隣に置きたくない」


「何で僕が君にすることは全部裏目に出るんだよ……」


パン、と手を打つ音が響く。八神先生がこちらを睨んでいた。夕樹は慌てて口を塞いだ。


「皆さん確認できたようですから、進めます。次は術式を組んでください。音声入力と同時に、空気中の魔力を収集するように意識してください」


 術式を組む――決められた文言をある程度の型に沿って組み上げることだが――のは夕樹の得意分野だった。問題は魔力の収集だ。


 曰く、魔素というものは強い願いを持つものに集まる習性があるらしい。理由はわかっていない。万物が物を引き寄せるような、魔法における真理なのではないかというのが通説だ。


 手の中の端末を人差し指と中指の間に挟んで正面に構える。魔法の詠唱は、端末に語りかけるようにと教科書にある。夕樹は深く息を吸い、はっきりと発音した。


「ventus」


ふわり、と風が起こる。その場にいた夕樹や秋夜の髪が弱く揺れる。しかし、夕樹が想定していたほどの強さはなかった。


「うーん……風速8km/sくらいの想定なんだけどなぁ」


夕樹が項垂れていると、秋夜が覗き込んで来た。


「上手くいかないのか?」


「魔力収束がちゃんと出来てないみたい」


「コツとしては具体的に、必要性を意識して、自信を持って、だよ。自分を磁石か何かだと思うと良い。磁石が砂鉄を集めるように」


秋夜がすっと端末を構え、同様に詠唱する。一陣の風が夕樹の髪の毛を鋭く通り抜けた。夕樹がぱちぱちと手を叩くと、秋夜はやはり得意げに笑い、今度は落ち葉を風で攫って空中で舞わせた。決して地に落ちることなく、くるくると木の葉は舞う。


「ね、簡単でしょ?」


「そう言う奴の6割は簡単じゃないよ」


「じゃあ僕は残りの4割側だ。大丈夫、僕がアシストしてみるから」


もう1回、と秋夜に言われ夕樹はまた同じように端末を前に構えた。


「そう、そのまま構えて」


夕樹を支えるように、端末を構える手に秋夜が後ろから手を添える。


「何か目標を考えよう。さっきの僕みたいに、落ち葉を狙ってみないか?」


「……じゃあ、あそこの羽根を」


約5m先に落ちていたカラスの羽根に狙いを定める。


「あの羽根をどうしたい?」


「吹き飛ばす。12時の方向にまっすぐ」


「いいね。鋭く、長く、遠く。蛍光ペンを引くように同じ太さでまっすぐ風を送り出すんだ。さあ、集中して。息を整えて」


秋夜の声が夕樹の頭に響き渡る。代わりに他の物音が遠ざかる。息を一定の間隔で吸い、吐く。夕樹の呼吸音以外何も聞こえない、無音と無風の中、また息を吸い、羽根を攫うリボンを想像しながら夕樹は静かに唱えた。


「ventus」


風は僅かに黒く光りながらカラスの羽根を乗せて真っ直ぐに通り抜けた。


「できるじゃないか」


「魔力エネルギーが一部光エネルギーに持っていかれちゃったのが惜しいな」


口ではそう言いつつ、夕樹はそっと胸を撫で下ろした。

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