第1話 調停者Qwerty
魔法庁公安局魔法課――通称
「……酷いあだ名を付けるもんだね、秋夜は」
「酷い? 何のことかな?」
「Qwerty配列は画期的な発明だった。だがそれもタイプライター時代までだ。パソコンまで同じ配列である必要がない。タイプする時、ハンマーがくっつく、なんて故障はもう起こりえない。それなのに未だにその配列が多い。もう非効率なやり方なのに、面倒に思って直そうとしない。そんな皮肉なんじゃないのか?」
「さあてね。しかし未だに紙が溢れかえっている事務作業に辟易したのは事実だよ」
襲撃事件の翌日、朝のSHR前に夕樹は担任の先生へ、Qwerty機関に加入することを話した。今しがたその報告を終えて、夕樹は席について大きく伸びをした。昨日はいろいろあったので、今日は何もない一日だといいなと朧げに思った。
「しっかし僕、不思議なんだよねぇ」
「何がだい?」
「君が承諾したことが、だよ」
左頬に揺れる髪をくるくると指で巻きながら、秋夜は机に寄りかかかっていた。
「君に何のメリットがある? 言っちゃあなんだけど、国に良いように使われるだけだぞ」
「ああ……それは、いろいろとな」
「ご両親?」
ヒュッと息を飲む。一体コイツはどこまで知っているんだ。「会った事はないが、君のことは知っている」と言われたことを夕樹は思い出した。まあ当然言われた時は気持ち悪さが勝って深く考えてはいなかったが。
「図星みたいだね」
依然として秋夜は髪の毛を弄りながら大したことではないかのように呟いた。
「ははは、まったくお前には参ったよ。どうしてそんなことまで知ってるんだ」
笑う。しかし全く笑えない話だ。これでも初めて会ってから3日だ。そんな相手にこうも自分の情報が筒抜けだとは。冷や汗が頬を伝う。
「……もしかして、引いた?」
「もしかしなくても引いてる」
「何でだよ」秋夜が溜め息を吐く。
「本当に理解できないか?」
「いや、何となく言いたいことはわかるよ。出会って間もない相手に自分の素性がバレてるの、結構怖かったなあって今思い出したさ」
大して難しくないんだけどなぁ、と気怠げに秋夜がぼやくのを尻目に、今日の時間割を見る。思わずため息をつくと、秋夜が髪を弄る手を止め、どうしたのかと訊いてきた。夕樹はスッと時間割を指差した。
「――今日の授業、全部魔法科学なんだよ」
「本当に全部、だな。1時間目から6時間目まで。そうか、今日は初の魔術演習だったな」
「第三類の風魔術の演習だね」
風魔法という言葉は、昨日の襲撃を夕樹に思い出させた。昨日のものは教科書によるとギリギリ違法レベルの威力だったはずなので、実際に味わったよりはずっと弱いレベルでしかしないだろうとも思った。演習の最初にやるのだから、簡単な部類なのだろうか。
「魔法、できるといいんだけど」
「できるだろ、君ならそれくらい」
「さあ、魔法科学の座学は1番の成績だったけど、実力がどうかは」
「咄嗟に防御魔法使えるんだから十分だよ」
「え?」
「え」
両者の頭の上に疑問符が浮かぶ。やがて秋夜が静かに訊いた。
「ひょっとして、無意識に防御魔法使ったの?」
「そもそもいつの話かさえ見えてないんだけど」
「いつって、昨日の襲撃の時さ。敵が振り下ろした鉄パイプを防御魔法で弾いただろう?」
「あれはてっきりお前が何かしたんだとばかり……」
「まさか。あれは君の魔法だ。しかも無詠唱で、無意識で、使った
それからやや小さめの声で「これだから天才肌は」と秋夜は呟いた。幸い、夕樹本人には聞こえなかった。
自分は無意識に魔法が使えるほど、才能があるらしい。その事実は夕樹の不安をいくらか軽くしてくれた。夕樹は、先程まで億劫だった魔法科学ばかりの時間割が、寧ろ心躍るものになっていることに気づいた。
「楽しみだな、今日の授業は」
「そりゃ良かったね」
「お前は魔法使えるのか?」
「使えないのにQwerty機関にいると思う?」
「そうだったな、失礼」
始業のチャイムが鳴ると同時にホームルーム長が起立の号令をかける。いつものように配布物を配り、連絡を済ませた後、先生は少し背筋を伸ばして言った。
「本日は、初めての魔法科学演習ですね。風魔法だと伺っています。私はあまり実践魔法に明るくありませんが、皆さん頑張ってほしいと思います。では、ジャージに着替えて、第一実験室に行ってください」
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