第13話 不確かな魂と不変の調停者

「さ、警察呼んで。スマホ持ってるよね?」


秋夜にそう促されるまで、夕樹はずっと呆けていた。慌ててスカートのポケットを探り、スマホを取り出す。その間に秋夜はゆっくりと辺りを見回していた。そこそこ広い通りで、普段はもっと人通りがあるはずなのに今日は静かだった。それがかえって不気味だったのは言うまでもない。


 110番へかける。コール音が0.2秒しかないのは流石と言ったところか。「事件ですか、事故ですか」という問いに逡巡してから事件ですと答えながら、秋夜の方を見ると、彼も同様にどこかへ電話をかけていた。まあまず警察ではない。だとしたら一体彼は何処へ、何を伝えているのだろう。そんなことを思っていると、警察から詳しい位置や状況を訊かれたので、そちらに手一杯になった。


 最後に「そちらへ直ちに向かいますから、その場でお待ち下さい」と言われ、了解してから電話を切った。人生で初めて自分からかけた警察への電話だった。すると既に電話を終えていた秋夜から声をかけられた。


「ありがと、警察への一報」


「いや、別に。それより、あなたは、一体何処へ連絡を――?」


秋夜がふっと笑った。ビクリとして、言葉が途切れる。


? やたらと他人行儀な言い方だね。そんなに僕が怖い?」


「――怖いよ。当たり前だろ。笑顔で人を蹴るやつが、怖くないわけない」


「そっか」


秋夜は尚も笑みを浮かべながら、静かに言った。


「きっと、君の方が良いんだろうね。他者の痛みを思いやり、傷つけることを恐れ、厭う。それができるなら。そう思える余裕が、経験が、精神があるのなら。心底妬ましいよ」


どうだか、と夕樹は口の中で呟いた。自分は殺傷を好まない、とでも言いたげな口振りだったが、秋夜が他者を傷つけるのを楽しんでいるのは明らかだった。相手より優位に立ち、蹂躙し、愉悦に浸るなんて――反吐が出る。


 しかしながら、そんなことは口が裂けても言えなかった。

 彼の動機がどうであれ、彼女を守ってくれたのは他ならぬ秋夜だったからだ。


「ま、そんなことよりも大切なことがあるんだ」


秋夜は笑みを消し、静かに問うた。


「君は、Incerta Animaインケルタ・アニマという団体は知っているか?」


「少し、聞いたことはあるかな。と言ってもほとんど知らないのと同然だよ」


「そうか。なら彼らの理念や活動も、知らないってことでいいかな?」


夕樹が首肯すると、秋夜は徐ろに口を開いた。


「Incerta Anima――通称IAは、一言でいうと要注意団体だ。さっきのやつは新興宗教団体だと言っていたが、それもあながち間違いじゃない。彼らは魔法を神からの救済として捉え、『魔法によって人類を救う』ことを目標として活動している。問題はやり方がかなり強引な点。さっきの奴も君を攫おうとしていたが、ああやって魔法の才能がある人を見つけ出し攫っては、無理矢理研究させるとか」


ここまで聞いて夕樹はある話を思い出した。しかしすぐに否定した。先生は実質的な国立機関だと言っていた。今の秋夜の話通りならIAは民間団体だ。


「そこで我々も困ったわけだ。一民間団体に、魔法に秀でた人を囲われて、しかも犯罪行為に利用されては我が国の魔法技術が発展しない。そして思った。それならばいっそ我々も同じように、魔法に秀でた人を集めてしまえばいいとね」


嫌な予感がした。秋夜が“我々”と呼ぶその団体は、


「……まさか」


「改めて、僕の正しい役職を教えようか」


彼は芝居がかったように咳払いをし、ゆっくりと夕樹の方へ歩みを進める。


「僕は魔法庁公安局魔法科学課、“Qwerty”所属の代行官、神崎秋夜」


夕樹の目の前で足を止め、出会った時と同じ笑みを貼り付けながら言った。


「君の護衛で、先輩で、便利な道具だ。よろしく」

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