第12話 襲撃


 夕樹は思わず音の方向を見た。が、状況把握より先にぐいっと強く腕を引かれた。振り返ると秋夜が険しい顔つきで鋭く言った。


「逃げるぞ」


「逃げるって言っても、私、まだ何が起こっているか……」


「そうだ、何が起こっているかわからないから逃げるんだ。僕達に何ができる。詳細は後で国が報道してくれるだろ」


そう口早にまくし立てながら秋夜は走り出したが、その10秒後には足を止めなければいけなかった。彼の前5メートル辺りで爆竹程度の爆発が起きたからだ。


「ッ、こっちにも……」


「無闇に動かない方がいいんじゃないか?」


「だが……」


秋夜が続けようとした瞬間、不意に突風が吹き抜けた。思わず目を閉じ、腕を前に構える。不自然に強い風が、不自然なまでに急に吹き、また不自然なまでに唐突に消えた。不自然な自然現象とでも言うべきだろう。しかし、この事象に類似したものを2人とも知っていた。


 魔法。


「一体どこから……っ!」


 夕樹が目を開くと、何者かが目の前にいた。相手は銀色に光るパイプを振りかざしていた。


 殴られる。思わずぎゅっと目を閉じる。甲高い金属音が響いた。恐る恐る目を開くと、秋夜が夕樹と何者かの間に立ちふさがっていた。秋夜は相手の持っていた鉄パイプを夕樹に放り投げ、


「それで最低限の防衛をしてくれ!」


と叫んで夕樹を一瞥し、目の前の相手を見据える。


 黒い外套を着てフードを深く被っている他は至って普通の相手だった。向こうは鉄パイプを弾き飛ばされたことにさして動揺はせず、秋夜に向かって走り出した。そのまま拳を秋夜の顔面に振り抜く。秋夜は喰らう直前に身を屈め、肘鉄をみぞおち辺りに入れ込んだ。相手が若干怯んだ、かと思うとすぐに体勢を立て直し、また突風を起こした。秋夜が吹っ飛んできたので、夕樹は慌てて横に避けた。秋夜はすぐに身体を起こすと、低く舌打ちをした。相手は真っ直ぐに夕樹を見た。背筋が寒くなったが、貰った鉄パイプを目の前に構えた。重くてとても振り回せそうにはないが、一発振り抜くことぐらいはできるだろう。

 夕樹目掛けて走ってきた相手に、また秋夜が応戦した。相手が秋夜の胸ぐらに腕を伸ばす、が秋夜が手首を掴み下に向ける。ぐっと身体を前に引かれ体勢を崩した相手に、秋夜が鋭く膝蹴りを腹に打ち込む。


「うがあっあああああああ!!!」


フードの相手は低い声で悶絶し卒倒した。念のためとパイプを構えていた夕樹はそこで違和感を覚えた。秋夜の蹴りは正直、大した威力が出ていないように見えたからだ。そもそも身長170cm程度で体重が50kg代という細身の男の蹴りだ。衝撃こそあれ、1発でダウンするほどではないはず。


 彼女のそんな疑問は、秋夜が泡を吹いて倒れた相手のフードを剥ぎ取り、顔を露わにさせるとすぐに吹き飛んだ。


「誰?」


夕樹の本心だった。会話したことがないばかりか顔も見たことがない。髪を適度に切った20代そこらの若い男性だったが、そもそも夕樹の住む学園都市にはそんな年代の人さえ少ない。


「誰だろうね、聞いてみようか」


そう言うや否や、秋夜は昏倒している相手の頭を蹴った。


「君、誰? どこの差し金? 何しようとしてたの?」


質問を一つ発する度に、一発。頭が地面のコンクリートと擦れ合い、瞬く間に赤いカーペットを描く。彼は笑みを浮かべながら、しかしその眼光は冷たく光っていた。静かに溢れ出る殺意に戦慄した。鉄の臭いが漂い始め、夕樹は顔をしかめた。


「起きろ、答えろよ」


彼の苛立ちが混じったおぞましい声と共に、急にこの場に似つかわしくない甘い香りが漂ってきた。金木犀の香りだったが、辺りに金木犀は見当たらなかった。


「……おれ、は。タカハシ、スミト」


そんな弱々しい声が聞こえ、夕樹は目を疑った。間違いなく倒れていた。白目を剥いていた。その上、頭部を何度も蹴られ、だらだらと血が出ていた。そう、目の前で起こっていることは、あり得ない。


「21歳で、大学生。命令されて、やってきた。命令したのは、組織の幹部連中らしくて」


「何て組織?」


「 “いんけるた・あにま”っつう、新興宗教団体? 友達に誘われて……何でおれに命令したのかはわかんないけど。ええと……おれは、ホシクラユウキを拉致しろと命令されて――」


しかし、それは事実だった。昏倒していた男が起き上がり、あろうことか話をしだした。どこかうわ言のように虚ろな目で呟くようにぼそぼそとではあるが。しかも、


「君はタカハシスミト21歳大学生。“incerta anima”達の差し金で、星倉夕樹を拉致しに来た。オーケー、ありがとう」


――秋夜の質問内容に、答えたのだ。

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