第11話 喫茶店

 いつも行くカフェは5番街の端にある。個人経営なので広くはなく、人は少ないものの落ち着いた明かりや少し洒落たアンティークが置かれている。


「こんばんは、2人いいですか?」


店の戸を開きながら中の店主に声をかける。今日は特に空いていて、今入った2人以外の客はいなかった。


「こんばんは、お嬢ちゃん。今日は男と一緒かい、珍しいね」


コップを拭きつつ店主がニヤケ顔で尋ねる。落ち着いたアルトの声。黒くて長いサラサラな髪をサイドで束ねている30代くらいの女性で、目は切れ長。もう半年くらいずっと通っているから見知った仲だ。夕樹は苦笑しながら答えた。


「あいにく、そういう仲じゃありません。からかわないでくださいよ」


「なんだ。女っ気のない嬢ちゃんがとうとう男を手に入れたんだと思ったんだがね。顔も中々整ってるしさ」


そう言って店主は秋夜の方に目を向ける。視線に気づいた秋夜が恭しく腰を折って礼をした。


「お褒めに預かり光栄です、薄墨色の目をしたお姉さん」


「褒めたって何も出てこないよ」


彼女はそう言いつつサービスだと言って水の代わりに冷えたフルーツティーを出した。夕樹のお気に入りだった。この時ばかりは秋夜の振る舞いもさして気にならなかった。


 丸い3人掛けのテーブル席に2人で座る。メニューを眺めながら舌鼓を打った。向かいでスマートフォンを操作する秋夜にメニューを見せながら尋ねた。


「秋夜は何か食べたいものはある?」


「え、僕も食べるのか?」


彼はスマホの操作を手短に済ませ、メニューを手にとって見始めた。その間に夕樹もメニューを見る。カフェなので定食などはないが、パスタやカレー、グラタン、サンドイッチなどの写真が並んでいる。しばらくして店主が徐ろにやってきた。


「注文は決まったかい?」


「ええ……僕はこのハムとチーズのホットサンドを」


「あ、私もホットサンドで。後デザートにタルト・タタンを」


「はいよ。ホットサンド2つにタルト・タタン1つ。仲良しだね、二人とも」


夕樹は無意識に顔をしかめたが、秋夜はまんざらでもないようで「そう見えますか」と笑って返した。


 5分と経たずに湯気の立つホットサンドが出てきた。挟まれているチーズがとろけていて食欲を唆る。夕樹は手にとりかじりついたが、秋夜はナイフとフォークで食べようとしていた。しかしパンと中の具がずれるばかりで一向に切れない。夕樹が3分の1を食べ終わる頃にようやっと一口ありつけるくらいだった。


「……不便だ」


ホットサンドを咀嚼し終えた秋夜がポツリと呟いた。

「不便? 何が」


「この食事。今なら全てサプリで済むだろうに」


「いいじゃない、ただでさえ合理化が進むこの世で敢えて無駄や不便を楽しむのくらい」


「不便が贅沢とは、不思議な感じだ」


そうして秋夜は夕樹の5分後にホットサンドを食べ終えた。その頃には既にタルト・タタンが来ており、夕樹がせっせと秋夜と自分の取り分で半分ずつにしていた。


「さあ、こっちは私。残りはどうぞ」


「え、いいのか?」


「いいさ、美味しいものは分け合った方がより美味しいものだからね」


「独り占めのほうが得じゃないか? ま、有り難く頂きますよ」


秋夜がもくもくと笑顔で食べ始めたので、夕樹もタルト・タタンを一口食べた。キャラメリゼされて琥珀色に輝く、甘苦くやや酸味のきいた林檎にサクサクのタルト生地。添えてあるホイップクリームはまろやかでくどくなく、どれをとっても最高だった。


「美味しいな。これでもとは失敗作だったっていうんだから凄いよな」


「タタン姉妹が間違えて林檎の上にタルト生地を入れて焼いたのがタルト・タタンの起源、ってエピソードのことだな? 僕もこの話好きだよ。一見失敗作だったとしても、それが本当に失敗かどうかは誰にもわからないものさ」


何か教訓めいたことを言いながら秋夜も頬を緩ませてタルトを頬張っていた。タルト・タタンの受けは中々良いみたいだ。


 いつもの如く支払いは端末の定期券を使って店を出た。そのまま少し周りを散策してから帰ろうとした矢先、何処かから悲鳴と爆発音が響いた。

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