第9話 面談
「星倉夕樹さん、どうぞ宜しくお願いします」
先生がぎこちなく礼をしたので夕樹もおずおずと礼を返す。
「こちらこそ宜しくお願い致します」
席に座るよう促され、夕樹は椅子を引いて着席した。
「えーと、じゃあ志望している進路と、現在の学力について。一言で言えば問題無し。進路希望は魔法科学科大学で、夕樹は魔法科の成績トップ。情報のプログラミングも結構できるから魔法の術式も組めるし、英語も悪くない。魔法科は担当の八神先生もあなたの能力を褒めていらっしゃいました」
先生はやや誇らしな表情で語った。それを見て少し気が緩んだ。魔法科はまだ実技をしていないが、理論をきちんと固めておけば化学と大差ないはずだ。「しかし、」と先生が続けた。
「国語の点数が低いね。あと歴史も。こう言ってはなんだけど、典型的な理系だ。なんで低いかとか、予想つくかい」
先生が優しく訊く。心当たりはあった。
国語は読解が苦手だった。事実を整理するのはできるが、そこから上手に意図を汲み取れない。歴史はもっと簡単で、因果関係が薄いからだ。ぽっと出の人が宗教を立ち上げ、今や全世界に広がる教祖になる。その宗教間のいざこざで戦争を起こしたりいがみ合ったりする。めちゃくちゃ強い人が誕生して、様々な都市国家を統一して大きな帝国を作り上げても、民衆の不満というやつで呆気なく滅びたりする。流れは把握できるが誰が何をしたかなんて覚えられない。
理系は違う。物理現象には必ず理由があり、因果関係が存在する。プログラミングだって、一つ一つは単なるプログラム。エラーにも原因はあり、プログラム以上のことは起こり得ない。その確実さが好きだった。
「覚えにくい、んですよね……何と言うか、こうだからこうなる、ってはっきりしないというか」
「そうかそうか。まあしょうがないね。これからも頑張っていこうか」
先生は朗らかに頷くと、不意に真剣な表情となった。無意識に背筋を伸ばした。
「実はね、あなたにとある機関からお誘いが入っているんですよ。国最高峰の魔法研究機関からね」
心臓がどくんと、唐突に仕事を始めた。
「正しく言うと、学校が推薦して向こうも乗り気になった、って感じだけれど」
先生はそこで軽く唇を湿し、続けた。
「その機関は何と言うか、重要機密の塊らしいんだ。残念ながら仕事内容をはっきりと明かしてはくれなかった。怪しい組織でないことは保証するよ。何と言っても魔法研究の最先端で、今の魔法科学の教科書を作っているのもこの機関の子会社なんだ。それで――」
「ちょっと待ってください」
夕樹は手で先生を遮った。先生は虚を突かれた顔をしたが、頷いてくれた。「何かな?」
「先生方は、その、つまり、成績上位者なんかをその企業に推薦してるんですか」
「まあ、そんな感じだね」
「本人に許可も確認もなく、ですか」
「確認は今しているよ」
「おかしくないですか? 普通推薦する前に本人の意志を確認すると思うんですけれど。というか、違う、逆だ。本人がそこに入りたいという意志をもって学校に推薦を頼んで、それから学校側が受諾し、推薦するんじゃないんですか?」
先生は頷きながら聞いていた。そして話し終わると顔にやや笑みを浮かべて話しかけた。
「そうだね。じゃあ一つ訊くけど、この国が魔法研究において最高水準だと言われる割に、魔法について詳しい人があまりいないと感じたことはないかな。いや、違うか。魔法について詳しく研究している人や場所がないな、と思ったことはない?」
夕樹は面食い、少し考え込んだ。そして、嫌な推測が浮かんでしまった。
「国ぐるみで魔法に秀でた人を引き抜いて、その機関に集めているんですか」
「流石、夕樹は頭がいいね。そう、明け透けに言うと拒否権はほとんどない。もしここで断っても拉致されるのがオチだと思う。しかもあなたはこの学校の寮生だ。住所もバレている。ひょっとしたら既に誰かが監視しているかもね」
「……そんなこと、許されるわけが」
「誰が許さないんだろうね」
夕樹は下を向いた。汗が頬を伝う感触があった。何故こんなことになるのかわからなかった。
「そろそろ終わりの時間だね。考える時間は、1日あればいいかな? どちらを選ぶべきかは火を見るより明らかだと思うからね」
そう言って先生が出口へと促した。夕樹はゆっくりと立ち上がり、よくわからないままに扉へと歩いていった。
「そうだ、一つ忘れてた」先生はわざとらしく手を打った。
「その機関は、ご両親も勤めていらっしゃった所だよ」
驚いて振り返ると、先生は先程と同じように嘘っぽい笑みを浮かべたまま手を振っていた。
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