第7話 違和感
あまりの剣幕に思わずドアの後ろに隠れていた。心臓の鼓動が煩い。早く終わってほしいと強く願った。
「……誰もいないのではありませんか?」
「いや、いる。間違いなく。……アレ、しても構わないな?」
「ええ、どうぞ」
彼が軽く咳払いするのが聞こえた。アレとは何だろう。手に汗を握りながら夕樹は尚もドアの後ろでジッと隠れていた。秋夜がこちらに向かって話しかけてきた。
「隠れないでくれよ。怖がる必要ないだろ、こっちに来てくれないか?」
よく通る声だった。ドア越しでも一音一音はっきりと聞こえたが、それでいて厳しい調子はなく、優しくて温かい、心安らぐ声だった。
そうだ。確かに隠れる必要などない。ただ単に先生と生徒の会話を耳にしただけだ。内容だって、何故転校してきたのか先生が尋ねただけで聞いてはいけないものでもない。
気づけば夕樹はドアの影から出て2人の前に歩み出していた。彼は呆気に取られた顔をした。八神先生は不安げに秋夜の方をチラチラと見ていた。
「なんだ君か」
「悪かったな、私で」
「いや、良かったよ君で。あーあ無駄に気を揉んだ」
彼は大きく背を伸ばしてから、ひらひらと手を振った。そんなに気を張っていたのだろうかと思うとなぜだか面白く感じ、夕樹はくすくすと笑い出した。
「大丈夫、なんですね?」
八神先生が眉をひそめたまま秋夜に尋ねた。秋夜は首肯し、「じゃあ話は終いだな」と言うやいなや夕樹の手を引いて足早に教室から出ていった。
「馴れ馴れしいな」
「君に対してか?」
自覚があるのならやめてほしいものだ。
「まあそれもそうだが、初対面の先生に対してさ」
「ああ、それか。実は面識があるんだ」
ほう、と夕樹は思わず感嘆の声を漏らした。どうりで親しげなわけだ。さり気なく秋夜の手を解きつつ夕樹はさらに尋ねた。
「どこで会ったんだ? というかお前はここに来る前はどこにいたんだ?」
「残念だが、どちらの質問にも答えられない」
「なんでだ」
「まだ秘密ってことさ」
秋夜が振り返りウインクをしながら唇に人差し指をあてる。このいちいち気障な言動も彼の生い立ちと何か関係あるのかもしれないと夕樹は思った。きっと意識的なものではなく癖か習慣になっているのだろう。
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