第6話 夕樹の過去

 夕樹の物心がつく頃には既に両親はいなかった。父も母も魔法関係の研究者で、ある日実験事故で亡くなってしまったのだと聞かされた。写真を見せられた時に、確かに何となく自分と似ている人だと思った覚えがある。耳の下で1つにまとめたチャコールグレーの髪は母譲りで、茶色がかった透明感のある瞳は父譲りだと、父の友人だったという孤児院の爽夏そうか先生はよく語っていた。


 父と母が研究していたという技術を、一度爽夏先生に尋ねたことがあったが、2人は友人である自分にさえ話してくれなかったのだと、苦笑しながら答えた。ただ、国から研究費を貰っていたそうで、相当凄いことをしていたんじゃないかという話だった。それを聞いて夕樹は誇らしい気持ちが湧き上がってくるのを感じていた。自分の両親は国のために何か素晴らしい研究をしていたのだ。そう思うとその2人の子であることが嬉しく思えた。そして、いつか両親と同じ魔法に関わる仕事に就こうと思った。その夢を語ると、先生は喜んだ。……もう会わなくなってから3年経つ。中学校に上がるタイミングで寮のある学校を選んでからというものの、夕樹には保護者と呼べる人がいなくなってしまった。


 この高校は事故や事件で保護者を亡くした子だとか、養えもしないのに子供を作ってしまった人が捨てた孤児などがほとんどだった。日本初の魔法教育が組み込まれているといえば体がいいが、早い話、何かの事故で死んでも悲しむ人が少ない子供を集めて実験しているということだ。


 だからこんな学校に転入生というのはなおさら変だ、と夕樹は隣の男子学生をみた。こんなタイミングで天涯孤独にでもなってしまったのだろうか。この学校は特別支援金だけで十分学習できるし、バイトとかで稼ぎつつ学ぶということができない人が通うことも極稀にある。なくはないだろう。


 じっと見ていると不意に奴がこちらを見た。何となく気まずくなって目を逸らした。ちょうど授業終了の鐘がなった。挨拶をして教室に帰ろうとすると、秋夜が八神先生に話しかけられているところだった。


 何となく気になって足を止めた。まあ置いていったらまた面倒なことになるかもしれないからな、と自分に言い聞かせつつ、一応教室の外に出て待っていることにした。入口のドアに寄りかかっていると会話が聞こえてきた。


「どうしてここに貴方が来たんですか」


静かに、しかしどことなく震えた声で先生が尋ねた。


「言われたからだ。そうでなきゃ僕だってこんな所来ない」


吐き捨てるように乱雑な口調で秋夜が返した。


 夕樹と2人以外誰もいなくなった教室は聞き耳を立てずとも十分に2人の会話が聞こえた。先生に対して敬語のけの字もない秋夜の物言いに違和感を覚えながら、夕樹は自然と息を殺していた。少し身を乗り出し教室の中を覗いてみた。


「そうではありません。それは私も存じています。ただ貴方は」


「待て」


秋夜が手を上げて八神先生を制し、教室の入口に向かって叫んだ。


「誰だ!」

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