第3話 魔法

「魔法科学ね。この学校でしかまだ導入されてないから、一から勉強しないといけなくて大変だったよ」


秋夜が少々うんざりした様子で呟いた。夕樹も気持ちはわかった。魔法科学を教える高等学校は今のところこの国立揺籃高等学校しかない。そうは言っても魔法を学業として学校で教え始めたのは日本が初めてなので、これでも進んでいる方である。


「まあ、何せ魔法先進国日本。電気と同じくらい普及したからか、魔法関連の事故がたびたび起きたからね。教育の必要も出てきたんだろうな」


魔法科学はその名の通り魔法について学ぶ学問だ。


 魔法が発見されたのは新暦元年、つまり85年前。その頃は電力でも磁力でも、重力つまり惑星の引力などでもない不思議な力、という意味で魔力[magical power]と呼ばれていたそうだ。魔法は今でも仕組みに謎が多く、日々研究が行われている。


 夕樹が秋夜の方がを見ると、何とも腑に落ちていなそうな顔をした。


「なんだか、不満気だな」


「不満というか……まあ君の言った理由もあるだろうが、それは表向きの理由だろうなって思ってね」


「表向き? どういうことだ」


秋夜が不敵な笑みを浮かべる。ようやっと昨日見た笑顔が現れ、懐かしさすら覚えた。


「簡単だよ、軍事転用するつもりなのさ」


 軍事転用。思ってもみなかったことに、一瞬思考が停止する。口の中が乾いていくのを感じた。


「つまり、なんだ。私達は、国の軍の一部として育てられていると?」


「おっと、軍って言葉を使うと憲法第九条に抵触する。そうだね……魔術師隊、なんて名前になるんじゃないかな」


「名前はどうでもいいだろ……本当か、それ」


「あくまでも僕の予想さ。でもそうだろう? 核兵器を作るのはいけないことでも、原子力発電のためにそれに関する技術を教えるのは別に問題ない」


彼はそう言って手をひらひらと振った。


「……お前は、いいのか」


「何が?」


「自分が、人殺しになるかもしれないことが、だよ」


秋夜から笑みが消える。彼は迷いの無い目で、こう答えた。


「必要ならね」


これは冗談じゃない。夕樹は直感的にそう思った。彼自身がそうすべきだと思えば、彼は簡単に人を殺すかもしれないと、本気で思った。

 何となく気まずい空気が流れた。数秒後、その空気を破るように、秋夜が机に手をつけて勢いよく立ち上がった。


「まあ、このあたりで暗い話は終わりにしよう。魔法科学の授業って、何をやるんだ?」


「……さあ、何だろう。前回までに、基礎的な内容はザッと終わらせてしまったんだよな。確か、個々人専用の端末を使うから持って来い、とは言われたかな。君にも学校側から既に配布されているはずだ」


「……これか?」


彼が徐ろに制服の内ポケットから手より少し大きいくらいの銀色のカードを取り出す。見た目としてはクレジットカードや交通系ICカードのようで、表面には薄っすらと幾何学的な模様が光っていた。


「そう、それ。生徒情報とかもまとめてあるそうだから、失くすなよ」


「勿論。そこらへんに放り投げたりしないから大丈夫だよ」


秋夜がまた丁寧に内ポケットにしまうのを見て、時計を確認する。5分前になっている。夕樹は立ち上がり教室へ向かい、続いて秋夜も後を追っていった。

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