第2話 昼休み

「何であんな言い方したんだよ」


4時間目の情報の授業が終わり、コンピュータ室から教室に帰る渡り廊下で夕樹は秋夜に囁いた。


「あんな言い方?」


「朝、女子を追い払う時に言ったあれだよ」


「最善だったと記憶しているが」


「どこが……余計な噂がたったせいで、午前中ずっとその話ばっかりだったんだからな」


夕樹は密かに舌打ちする。正直彼と一緒に並んで歩くのも嫌だったが、いざ離れると道がわからない、頼れる相手が君しかいないと縋られる。他人に押し付けようにも2人の方がお似合いだよと断られる始末。一回「ついてくるな」と突き放したら「見捨てないでくれ」「僕には君しかいないんだ」と大声で訴えてきた。当然他の生徒にも聞こえたのだろう。ひそひそと話が交わされるのを見て、これなら一緒に歩く方がマシかもしれないと諦めたのだった。


 本日何度目かわからない溜息をつきながら夕樹は教室のドアを開け、明かりをつけた。そのまま席に向かい、昼食を用意する。今日は白くてふわふわのパンに、ハムとレタスとちょっぴりマヨネーズを挟み、小さな長方形にカットしたサンドイッチだ。黙って咀嚼していると、隣から秋夜が夕樹のサンドイッチを覗き込んだ。


「美味しいか?」


「当たり前だろ、これは私が作ったんだ」


「手作りか、素晴らしいな。いつも自分で作っているのか?」


まあね、と短く返答をする。尚も秋夜に黙って眺められる。


「お前も自分の昼食を食べたらどうだ?」


「ああ……そうするよ」


そう言って彼は何処かへ向かってしまった。夕樹は手に持っているサンドイッチに齧りついた。周りの喧騒が遠く感じられた。物寂しく感じ、慌ててその気持ちを振り払う。とそこへ朝に話しかけてきた女子が長い髪をなびかせ駆け寄ってきた。


「ねえねえ、秋夜くんはどこ行ったの?」


「私が知るわけないじゃない」


「あんなに一緒だったのに?」


その女子の妙に高い声や髪を耳にかける仕草一つ一つに苛立ちを覚えた。昨日知り合ったばかりの人間と翌日には恋人騒ぎとは。この子は彼に気があるのだろうか。そう思うと何とも言えない不快感が胸に広がった。


「当たり前じゃない。そんなのいちいち聞かないでしょう」


女子は不服そうに唇を尖らせたまま去っていった。今日は秋夜のせいで余計な手間が増えるばかりだ。


 全てのサンドイッチを食べ終わり、手についたマヨネーズを舐める。ふと横を見ると秋夜が席に戻っていた。頬杖をついてこちらを見ている。


「何か顔についているか?」


「いいや、別に。君の琥珀色の瞳に見惚れていただけだよ」


こうもスラスラと砂糖を吐きそうなくらい甘ったるい言葉を言えると驚きや不快感をも超えて感心するものだ。


「昨日といい今日といい、お前はよくもまあそんなに気障な言動をできるな。お前は一体何がしたくて私に話しかけるんだ?」


そう言いながら見ていると、彼の左手首のシャツのボタンが外れているのに気がついた。それを指摘すると、彼は慌ててボタンを締めた。シャツの第一ボタンはよく見るが、袖のボタンというのは珍しい。意外と抜けているところもあるんだな、なんて思いつつ、夕樹は水筒の紅茶を飲んだ。とそこで昼休み終了のチャイムが鳴る。この10分後には授業がまた始まる。


「次の授業は……魔法科学か」

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