それは、唐突に

第1話 午前

 翌日。今日の時間割には比較的好きなものが多い。夕樹の足どりはいつもより軽かった。教室のドアを開けると、いつもより囁きあう声が多かった。


「夕樹、おはよう」


「おはよう。何かあったの? なんか騒がしいけれど」


「夕樹はまだ聞いてないんだね、転校生の話」


転校生。何となく嫌な予感が胸に広がった。


「どんな人だって?」


「職員室の前で見かけたけど、髪はショートだったよ」


「ショートってことは、女子?」


「うーん、わからない。制服はスラックスだったけど、うちの学校は女子でもスラックス着用可だから」


「私は声も聞いたよ。女子にしてはちょっと低かったかな。でも色白で華奢だったなぁ」


どんどん嫌な予感が広がる。あの中性的な顔立ちが頭に浮かぶ。アイツがいま噂の転校生なのだろうか。


 チャイムがなり、SHRが始まる。担任の若い男性の先生が来て、提出物は忘れるなとか、今日の授業の連絡事項とかを伝える。


「そうだ、今日からこのクラスに新しいメンバーが加わるぞ」


よりにもよって転校生はこの教室配属らしい。教卓横のドアに目を向ける。先生がドアを開けた。転校生が入ってくる。教卓の近くまで歩いてから、こちらに向き直る。

 澄んだ紅碧色の瞳。噂通り色白で華奢な身体。多少色の抜けた髪を、耳の少し下で切り揃えている。当然ながら、ワイシャツの上からブレザーを着て、グレーと淡い水色のネクタイをつけた制服姿である。


「ほら、自己紹介。名前と、何か一言」


先生が促すと、転校生はよく通る声で、はっきりと、昨日夕樹が聞いた名を語った。


「神崎秋夜です。本日付でこの揺籃高等学校に所属することとなりました。ここで共に学業を修める仲間として、皆様とは友好的な関係を築きたいと考えています。何卒宜しくお願い申し上げます」


昨日のあの風のような軽やかな雰囲気を微塵も感じさせない挨拶だった。冷ややかな眼で、全身からピリピリとした威圧感が発せられている。

 昨日との違いに驚いてじっと見ていると、向こうとばっちり目が合った。慌てて目を逸らす。昨日はなかった机が隣にある。


「席はお前の隣だ、星倉夕樹。学校の案内とかしてやれよ。それじゃ、終わります」


起立、礼といつものように挨拶をした。秋夜が夕樹の隣の席に鞄を下ろす。手には白い手袋をしていた。


「なあお前、昨日のことだが――」


夕樹が言い終わる前に秋夜は素早く頭を下げた。


「そのことは謝罪させてくれ。君の気持ちを全く考えられていなかった。不快にさせて申し訳なかった。何とお詫びすればよいか……」


「ちょっ、声を下げてくれ」


彼のよく通る声のせいで、教室中の皆がこちらに視線を向けている。今日転校したばかりの男子に何故か謝られている女子。変な噂が立つのは目に見えている。


「……何か、キャラ変わったな?」


「君は、ああいうキャラは嫌いなのかと思った」


秋夜が相変わらず抑揚のない声で呟く。夕樹は呆れた。


「キャラというか、初対面であんなことされたら誰であろうと引くだろ」


「……そうか。本当にすまない」


目を伏せて、弱々しい声で言う彼を見て何だか申し訳なくなる。


「良いんだよ、もうしないだろうし」


「ありがとう……話は変わるんだが、」


「ねえねえ、ちょっといい?」


秋夜が何か言いかけたとき、急に横から女子が割って入ってきた。


「秋夜くんと夕樹ちゃんって、どういう関係なの? さっき何のことで謝ってたの?」


夕樹は頭が痛くなった。こういう他人の事情に余計な口を挟む奴は何処にも一定数いるものだ。


「勘違いしないでよ――」


変な噂が立たないように徹底的に否定しておかなければ。そんな夕樹の願いは次の秋夜の言葉のせいであっけなく断たれた。


「僕は今、星倉と話をしているんだ。君が割って入る余地はない。邪魔をしないでくれ」

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