狼少年_2

アルと出会ってから、カイト達亜人の生活は目まぐるしく変わった。


割り振るだけで強さを実感する事ができる成長システム。

そして不思議な道具袋は倒した敵の討伐部位がたくさん入った。

アルはカイト達の前に毎日顔を合わすわけではなく、たまにやってきてはスープを頂く生活を送っている。


どこに住んでいるかも分からない。

が、カイトの……否、カイト達亜人を嫌悪せずに唯一接してくれる変わり者の人間はアルを置いて今まで出会った事もない。


食事の世話だけでなく、武器の調達法。

そして家族の住む場所、仕事まで斡旋してくれた。


普通ならこんな美味い話絶対に裏がある。

いつか裏切られるんじゃないか?

そんな思いを抱えながら過ごす日々は10日を過ぎて全部カイトの思い過ごしであると判明する。


いつまでも取りに来ない取り立て。

会えば挨拶を交わすし子供の面倒を率先してみてくれる。

畑の世話のコツなどを教えてくれて、スープの売買にまでアドバイスをくれた。


もうここまでくれば疑いようもない。

アルはカイトが今まで出会った人間とはあまりにも違う。

超がつくほどのお人好しで、世間知らず。

でもそれが何よりもカイトの心の深く突き刺さる。


自分はなんて人を疑っていたのだろうか。

今では疑っていたことすらカイトを苦しめる呪いとなった。



「おかえりなさい、カイト」


「ただいま。ロナン達は?」


「ご飯を食べてお風呂に入っているわ。こんな暮らし、夢みたいだわ」


「ああ、アル様に感謝しなければな」



今日も必要以上に荷物を溜め込み、アルが望む高級フードの食材を取り出した。



「また、頼む」


「はい、承りました」



今ではミーアも一端の料理人だ。受け取った素材を丁寧に選別し、スープ鍋へと順に入れた。

フルーツポンチの食材はアルの持つ農園から取れる果物が主原料だ。


世話はロナン達が精一杯当たっている。

最初こそ遊びの一環だったが、毎日美味しい食べ物を食べられるようになったのもあり今では全力で挑戦している。


アルを気に入ったのもあるだろう。

ジャガイモを優先して育てていいよという導入が気に入ったのかもしれない。ロナンはアルに気に入られるように振る舞った。



「アル様は今日も?」


「ああ、おいでになられなかった。きっと僕達に遠慮しているのだろう」


「そう、ここはあの方の領域なのに。従者に気を使うだなんて変わった神様ね」


「そうだね。でも悪く言うのは辞めよう。あの方にも事情があるんだ」


「そうね。またどこかで違う人に手を差し伸べているのかもだわ」


「それはありそうだな。まだまだ恩は返しきれないと言うのに」



なんせ自分達亜人に手を差し伸べてくれたのだ。

他の種族に手を差し伸べていたってなんら不思議ではない。



「あ、おとーさん! 見て、綺麗になったよ!」



風呂上がりのロナンが一糸纏わぬ姿でサラサラになった羽毛を見せつけてくる。

カイトは困ったように狼狽えてミーアに視線を送り、仕方ないわねとミーアはタオルを持ってまだ生乾きのロナンの髪を拭った。



「ほら、お父さんの邪魔しちゃダメよ? アルス達はきちんと洗ってあげたの、お姉ちゃん?」


「あ、忘れてた!」



カイトの帰りを察知して一人だけ浴室から上がってきてしまったと察したロナンが慌てて風呂場に駆け戻る。

ミーアはそれを追っていき、カイトは一人残された室内でこの当たり前の生活がいつまでも続きますようにと祈った。


当時は無駄なことだと祈りもしなかったが、アルから恵んでもらったスープとフードによって生き長えられたカイト達は当たり前の生活を手に入れてからも熱心に祈った。


その信仰心はアルの元に経験値として入り、サイトレベルをメキメキとあげていく。

信仰心か、はたまた忠誠心か。


カイトにとってアルは神にも近しい存在へとなっていた。

自らの姿を亜人に変える変わり者。

そんな彼に敵対するものが現れたなら、カイトは喜んでその爪と牙を敵対者に突き立てる覚悟を決めるだろう。


そして再び現れたあるが発した言葉は、カイトの思いもよらぬことだった。



「や、最近来れなくてごめんね? 少し近辺がゴタゴタしてしまってね。子供達は変わらず健やかに育っているかい?」


「はい、上の子は毎日フライドポテトでも構わないと言うほどです。下の子達が真似してしまわないかとヒヤヒヤしてますよ」


「そうなんだ」



アルは周囲を見回し、何かを探すように空き地を見据え「ここでいいか」と場所を定める。



「どうかされたのですか?」


「ああ、うん。実は今度亜人の街に相応しいお店を開こうと思ったんだ。今まではこの街に10人しか呼べなかっただろう?」



アルからそう言われていたが、カイトは他に呼び込め相手もいなかった。故に増やそうと言う考えがなかったのである。



「それは寂しいと思ってね、ここにレストランを建築したいと思うんだ」


「それはまた唐突ですね」


「実は僕が食べたいメニューがそこにあってね? 試験的な導入なんだ。でもくるお客さんが亜人ばかりだから下の子供達もきっととっつきやすいと思うよ?」


「今、なんて?」


「僕の方の伝手で、亜人の新しい街を見つけたんだ。そこにお店を作ろうと思う。協力してくれるかい?」


「私たちでよければ何なりとご命令ください」


「ください!」



畑仕事に出てきたロナンや見送りに来たミーアが未だ仕事に出掛けぬカイトを見つけ、そしてその先にアルを見て慌てて駆け寄った。

そして聞き入れた情報を飲み込み、その場で跪く。


カイトが答えを出し渋ってる間に、ミーアやロナン達が率先して首を垂れたのである。

家長がいつまでも戸惑うのはらしくないとカイトもアルの前に跪く。



「ごめんね、スープ業も軌道に乗ってきた最中にこんな申し出」


「大恩あるアル様からの申し出、私達に断る口は持ちませんわ」


「わ!」


「と言うわけでアル様、我ら一同はそのレストラン事業に乗り気です。しかしすぐに取り掛かれるわけではありません。いろいろとお教えください」


「勿論さ。僕も初めてだからここからは手探りになるんだけど……」



そう言ってアルはその場所に扉を置いた。

ただのドアが地面に浮かぶ。

しかしドアの向こうは別世界で、宿の中より広い空間があった。



テーブルが12席。ショーケースが三つ。コーヒーマシンと呼ばれる道具と、パンメーカーと呼ばれる道具が並び、メニュー表が手渡される。



「まずメニューはトーストとコーヒーの二品。今までのスープバーとの違いは、畑を要さずともフードやスープ、ドリンクが作れることにある。ここまではいいかな?」


「はい」



畑が必要ないと聞いてロナンは寂しそうにしていたが、逆に言えばレストランはミーア一人でこなせそうである。

ロナン達には引き続き畑の世話を任せ、その作物は自分たちの食事に使えばいいと考えた。



「次に設備の更新。これがこのレストランの肝だ。設備は何しろお金がかかる。最初の設備は僕が出した。でも必要と思ったら売り上げから追加購入してもらって構わない。でもくれぐれも無理はしないでね? 僕は食べたいメニューがあると言ったが、君たちが疲弊する姿は望んでない。生活をする延長線で、食べられたらいいなってそれくらいさ」


「そのお気持ちだけで感極まってしまいますわ」


「ミーアならそう言うと思った。お金が足りなかったら相談に乗るから。人手が足りなかったらレストランレベルを上げたら雇えると思うから」


「私に指導ができるでしょうか?」


「大丈夫、動いて欲しいように動いてくれるさ。まずはお店を開いてみよう。ドアのこの木板をひっくり返すとお客さんが入ってくる。あとはうまくやって」


それだけ言ってアルは裏口から出ていってしまう。

オープンと書かれている扉から、本当に亜人が現れる。

カイト達を見ても珍しそうな目を向けず、行儀良く席について注文をした。


自分達以外の亜人を見たのも初めてのカイト。

アルの言っていた亜人の街との連携。

それはカイト達に新しい世界を見せてくれた。



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