狼少年_1

「ハァッ──ハッ、ハッ」



どうしてこんな目に遭うのだろう?

深く被ったフードが捲れたわけでもない。

人と違う容姿が問題なわけでもない。


なら、どうして人は争う為の理由づけを探すのだろう。



「ここまで来れば大丈夫か?」



フードを目深に被った少年は探る様にすっかり更けた夜の闇を駆ける。

仲間のための食糧を見つけたまでは良かったが、貧民街の連中にイチャモンをつけられて全て奪われてしまった。



「悔しい。悔しくて涙が止まらない。僕にもっと力があれば……みんなを救えるほどの恩恵があれば……」



生まれたその日、人間とかけ離れた部位が存在した為少年は捨てられた。

獣の耳を持ち、尻尾を生やす者を穢れた血として蔑み、暴力を振るっても咎められない対象とした。

少年はその穢れた血を引き継いでいた。


母親の会も知らない。父親はせいぜい奴隷落ちした亜人の誰か。

貴族達は仲間に首輪を嵌め、労働力として使役した。


好きものな貴族が奴隷にまたがる堕なんて話はよく聞く。

少年の母親もきっとそんな淫らな女なのだろう。


貴族特有の金色の髪からピンと立つオオカミの耳が突風によって飛ばされたフードの中から現れた。



「わっと、あぶないあぶない」



まだ幼さの抜けない顔立ち。

少年というよりは少女の様な風体だった。

薄汚れたボロを纏い、獣道を歩む。


亜人の瞳は世闇でも昼間の様に見えていた。

雑木林には人除けの札を掛けている。

それがまだかかっていることにホッとし、少年は仲間の元に戻った。



「ただいま」


「おかえり、カイト。首尾は?」


「大人達にイチャモンつけられて奪われたよ。あいつら、子供から巻き上げて恥ずかしいとも思わないのか!」


「人間は争い合う生き物だから仕方ないわよ」



カイトと呼ばれた少年が憤る。

出迎えてくれた少女が宥めた。年の瀬は少年と変わらぬほど。

にも関わらずしっかりとした瞳で世闇を見据える。

そばにはまだ生まれたばかりの子供達がいた。


カイトと同様に頭から獣の特徴を持つ耳が生えている。

貧民街に捨てられた子を拾って来たのだ。

同じ境遇の子を家族として育てている。

が、餓死するのは時間の問題だった。



少女は世の無情さを嘆く様に亞人の神に祈りを捧げた。



「ミーア、救ってくれない神に祈りなんて捧げても……」


「祈ることで少しでも空腹を紛らわせることができたなら良いと思って」



ミーアと呼ばれた少女は気を紛らわす為の術だと笑った。

このまま飢えて死ぬ未来は変わらない。

だったら死ぬ前に清く正しく生きたという証をまだ幼い子に見せておきたいと笑う。


人間の自然破壊は著しい。

そのためにモンスターが住む場所を追われ、野生動物や隠れ住むカイトの様な亜人も住む場所を追われた。


ここももう直ぐ人に見つかるだろう。

人間のフリをして生きていくのも限界だ。


亜人の神様がもしいるなら、手を差し伸べてくれ。

カイトは神なんて微塵も信じていなかったが、ミーアがいつまでも祈りのポーズを解かなかったのでなる様になれと祈り続けた。





「──きて、起きてカイト」



身体を揺さぶられて、意識を覚醒させる。

いつの間にか眠ってしまっていたのか?

と、それよりも先ほどからずっと気になっていた芳しい香り。


それが気になって見回すと、死にかけだった子供達が何かを貪っていた。



「ミーア、これは?」


「神様に祈りが届いたのよ。私たちに食べ物を授けてくださったの! 見て、どれだけ食べても無くならないわ。カイトが一緒に祈ってくれたお陰ね!」



そんな事があり得るのか?

カイトは突然現れた古ぼけた屋台に手を伸ばし、赤いスープに手を取った。


それは新鮮なトマトをふんだんに使った濃厚なトマトスープだった。暖かく、泥に塗れてない。ゴミクズが混じってるわけでもない。ようやくまともな食事にありつけて、カイトは食べながら涙を浮かべていた。


口の周りを真っ赤に汚しながら、感涙する姿にミーアは子供みたいだと微笑む。

実際にはまだ10を少し超えたぐらい。

人間基準ではまだ子供だが、亜人は成長が早いため、これでも立派な大人だった。


食事を満足にできなかったため、筋肉もつかないまま成長してしまったのだ。



「ほらほら、スープばかりではお腹がタプタプになってしまうわよ。これも食べてみたら?」


「これは?」


「私も詳しくはわからないけど、お芋のような香りがしたわ。油でカリッと揚げてあるみたい。子供達に人気で、直ぐなくなっちゃったわ。これが残りの一皿なの」


「ミーアは食べたのか?」


「まだよ。これから一緒に食べない?」


「では、ご相伴に預からせてもらおうかな」


「ふふ、あまりのおいしさに胃がびっくりしないと良いわね」



お互いに限界まで腹を空かせているのに、子供の手前がっつく真似なんてできなかった。

群れの長として、四人の子供を食わせるためには食事を抜くこともザラだった。


そんなカイトが、フライドポテトをつまんで笑顔を浮かべた。

マッシュポテトは子供達に奪われてしまった。

だが、このポテトだけでは喉が渇く。

そこで残り気味のスープを頂き、満腹になるまで食べた。


その日からカイトは熱心に祈りを捧げる様になった。


屋台のスープやフードを『神様からの授かり物』として扱い、カイトはこれに頼らずとも食べていける様に冒険者の道を歩む様になる。

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