吸血姫_1


薄暗い森の中、必死の形相で前を走る老婆に追走する影が三つあった。

影は薄汚れているが、身なりの整った服を纏っており、山賊にしては随分と連携が取れていた。


老婆は手を引いて歩く少女に言って聞かせる。



「お嬢様、立ち止まらないでください!」


「いやぁ! もう疲れたわ!」



老婆に促されながらも動きを止めた少女に矢が放たれた。

鮮血の花が地面を濡らし、少女の前に老婆が倒れ込んだ。



「ハンナ、嫌よ! 返事をしてハンナ!」


「お嬢様、良いですか話をよく聞いてください」



老婆の必死な形相にようやく話しを飲み込む少女。

敵の追撃はすぐそこまで来ている。



「今まで隠してきましたが、あなた様はある王国の忘れ形見なのです。これを」



老婆から手渡されたペンダントにはかつて栄えた王国を示す紋章が刻まれており、少女がその末裔であることを示していた。



「すぐに追手は来ます。私めはここで時間を稼ぎますのでお嬢様は今のうちにお逃げください」



シュパッ、と老婆が腕を振るう。

先ほどまで普通であった指が、今では異常なまでに伸びている。

否、伸びているのは爪であった。


そして他にも大きな特徴があるとすれば、あまりにも大きく伸びた犬歯。そして満月を前に抑えきれぬ高揚感だろうか。


そう、彼女は古の時代に栄えたノスフェラトゥの生き残り。

逃した少女はその化け物の王族の末裔だったのだ。


夜の闇に溶け込み、人の血を啜ることで生きながらえる自称上位種族。

それも人類から排出された狩人によって駆逐された。

追手もその狩人の者達だろう。その洗練された動きは、夜の世界でも昼間のように澱みない。



「すぐにいつもの場所で落ち合いましょう」



そう言って少女は吸血鬼に扮したノスフェラトゥの言葉を聞き入れ、土地勘のない場所を子供の足で逃げ回った。


遠くに聞こえる金属を打ちつけ合う戦闘音。

そしていくつもの足音が少女の近くを行ったり来たりした。


少女はまだノスフェラトゥに覚醒をしていない。

だから狩人の嗅覚から逃れられたのだ。


しかし覚醒してないからこそ倒すのも今のうち。

どうせ日が明けたら身動きできないだろう。

狩人達はそう判断して周囲に結界を敷き、少女をその空間に閉じ込めた。


今まではハンナの持ってきた動物の生き血を啜って来た少女。

しかし獣避けの札が結界内に動物達を寄せ付けない。



「お腹すいたな。何か……何か飲めるものでも……」



少女はフラフラになりながら結界内を彷徨った。

そこで出会ったのは人間の商売人が扱う小さな屋台だった。

そこには暖かな赤い汁が満たされた容器があり、ハンナが用意してくれたものだろうとすぐに少女は飛びついた。



「熱っ、あっついわこのスープ。それにいつも飲むスープより味が薄い。ハンナのではない?」



その通り。少女が口にしたのはアルフレッドの自信作であるトマトスープだった。それでも空腹の少女の胃袋を満たすのに貢献する。

ハンナはそれにプラスして人間の血を隠し味として入れていた。

ノスフェラトゥにとって血はご馳走だ。

人間にとっての旨味調味料のようにノスフェラトゥの世界では使われている。退治されても仕方のないことだった。



「薄いけど、美味しいわ」



感謝の気持ちが、フレンドの印。

美味しさを届けられてようやく客として認められた少女の前からそのスープバーは露のように消えてしまう。



「今のはなんだったのかしら? 幻覚……でも空腹は癒えた。ハンナに会いたいわ。生きて、会うのよティッシ」



その日からノスフェラトゥの少女アルテイシアの旅が始まる。

ずっと一緒だった老婆の姿を求めて。空腹時に現れる謎のスープバーのお世話になりながら、この日潰えるはずの人外がの命が救われる。


それは果たして幸か不幸か、人類の命運は彼女の気まぐれに委ねられるようになった。

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