Love Rose Story③【Green Rose】アステル&ミュティス

 心臓がバクバクと波打っている。

 多分、これまでに経験したことないほどに。

 死にそうなぐらいだが、不思議と恐怖は感じない。

 ただ花を渡そうとしているだけだというのに、相手が違うとこんなにも緊張するんだな。



 今朝のことだ。

 俺はなかなか部屋から出てこないミュティスを呼びに行った。ドアを叩いて名前を呼ぶが、案の定返事がないので一言掛けて扉を開ける。


「ミュティス……?」


 ミュティスは窓の方を向きながら、じっと立っていた。何もしていないわけではなく、近づいてみるとその理由が分かった。


「……枯れちゃったんだな」


 窓辺に飾られた小さな鉢。

 それに植えられていた勿忘草が、茶色に染まっていた。


「……毎日お世話していたのに、枯れてしまうこともあるのね」


 どこか悲しげに目を細める。

 ミュティスにとって勿忘草は、自分の正体を知る前も、知った後の今でも。心に深く残り続けているものだ。

 枯れてしまった勿忘草を、自分と重ねているのかもしれない。

 でも俺は難しいことはよく分からないし、笑顔でいてほしいと思うのは普通だよな。


「近くの土に埋めてあげた方がいいよな」

「……ええ」

「俺も手伝うよ。なにか掘れるもん見つけてくるから先に行っててくれ」


 そう言ったが結局は見つからず。素手で土を掘り返したら服が汚れたので洗ったんだが……。

 俺が服を干している時も、ミュティスは勿忘草を埋めた場所を見つめたままだった。


 服を着替えた後、俺は街に向かった。

 花屋で新しい勿忘草を買う為だ。枯れてしまったあの花も、同じように店で買った。

 だけど、すぐに新しいのを買うのってどうなんだ? それはそれで微妙な気もするな……。

 考えに夢中で、いつの間にか花屋を通り越していた。来た道を戻り、花屋に入る。

 勿忘草はあるみたいだが……別のにするかな。

 店内を見渡していると、ある花が目に留まった。

 見たこともない鮮やかな緑色のバラ。

 こんな色のバラもあるんだな。……これにするか。

 一輪だと寂しく感じたので、三つ購入。小さな花束にしてもらった。


 帰り際、バラの花束を時々眺める。

 これをミュティスに渡すと思うと、期待で胸が膨らむ反面めちゃくちゃ緊張した。

 今さらなんだがこれ……ぷ、プロポーズじゃないよな⁇

 まだ告白すらしてないのにプロポーズって勘違いされ……るわけはないと思うがな‼︎

 やがて拠点が見え、俺は深呼吸する。




 あの日、初めて出会ったあの瞬間。

 俺はミュティスに恋をした。

 なぜ死んだはずの自分が生きているのか。ここは何処なのか。

 そう思うより前に、目の前のミュティスを“キレイだ”と思っていたんだ。

 悪い魔女に嫉妬されるほど美しい姿の主と、同じ姿をした彼女。

 だからキレイなのは当たり前だったかもしれない。でも、それが好きなんじゃない。

 理由ならいっぱいあるが、言葉にするのは難しい。

 ただ俺は、ミュティスと一緒に居たいと思っている。

 ……そんな所が好きだ。


 拠点に着き、ミュティスの姿を探す。

 彼女は拠点に戻っていた。

 花束を背中に隠しながら、名前を呼ぶ。


「どうしたの」

「あ、あのな……」


 心臓がバクバクと波打っている。

 多分、これまでに経験したことないほどに。

 死にそうなぐらいだが、不思議と恐怖は感じない。


「これ、ミュティスに」


 もっと良い渡し方は無かったのか。きっと顔も真っ赤なんだろうなぁ、俺。

 ミュティスはいつも通りきょとんとしており、俺とバラを見つめていた。

 ちゃんと受け取ってくれたのでホッとする。


「……綺麗ね」

「そ、そうだよな。バラもキレイだが、その……ミュ」


 と、渾身のセリフを言おうとした時。

 外に干していた俺の服が、風で飛ばされたのを目撃してしまった。


「うおっ⁉︎ マジか⁉︎」


 俺は服を追って拠点を飛び出した。




 窓に近づくと、アステルが走っていくのが見えた。


「……」


 彼は、小さな世界のようだ。

 一日一日、世界は少しずつ変化している。

 同じ日なんて無い。同じ景色なんて無い。

 彼も、毎日違っている。

 笑って、怒って、驚いて、苦しんで、泣いて。……また笑う。

 でも、変わらないものもある。

 私を見つめてくれること。


「あ〜焦った〜……。すぐに気付いて良かっ……」


 戻って来たアステルと目が合う。

 なぜか驚いていたけれど。


(ミュティスが笑ってる……)

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