第四十七話 空き家って響きがもう寂しい感じ
―――王都オシリアナ南地区南:住宅区域
「さあ着いたぜ」
モウロー食堂主人:クセナゴスの案内でコッコ市場の路地を東に抜けると、住宅が立ち並ぶ区域に出る。
「―――『マブシナイ』」
すっかり暗くなってしまった為、魔法で浮かぶ光源を生み出し、辺りを確認する。
すると、おそらく貧民救済の一環として建てられたであろう似通ったレンガ造の住宅の中に、一つだけ全く毛色の異なった建造物を発見する。
一階建だが幅がそれなりに広く、出入口の他に人が立ったまま出入りできるような大きなガラスの窓があるが、何故か中が見えない。
屋根は波打ったような形をした灰色の瓦で覆われていて、外壁は………黒ずんでいるが木材だ。
丸太の家なら亜人の国で一般的だが、これは木の板を継ぎ合わせたような造り………。
明らかに異なる文化様式で建てられた家のようだ。
そして、出入口の横のちょうど目線の位置に、文字が書かれた木の板が貼り付けてある。
が、読めない。おそらくこの世界のものではない。
外観についてはざっとこんなところだが………これは確かに壊せないだろうな。
目を凝らしてみると、家を覆う異常な濃さの魔力が見える。
どうやらこれが外からの攻撃や劣化を防ぎ、かつ中の様子を伺い知ることが出来ないようにしているのだろう。
こんな魔法を百年近くも維持している、とはおよそ考えにくいが、事実として目の前に存在する以上、それを成し遂げた者がいたと考えざるを得ない。
仮にそんなやつに出くわした場合、勝てる見込みは微塵も無いが、ここまで来たからには中を覗かずには帰れない。
………よし。
「クセナゴスさん! これから中に入るので、その子達を絶対に近づけさせないようにしてください」
「お、おう! 任せとけ!」
「ベルベル! ちゃんとピヨコとフェンリルのこと頼んだよ?」
「分かったー! 行ってらっしゃーい!」
「いってきます。―――『ウロコヤン・フィールド』!!!」
魔法を警戒して三割ほどの魔力をつぎ込んだ魔障結界を張り、「空き家」の出入口に向かう。
どうやら押したり引いたりするのではなく、横にずらす扉のようだ。
さて、何が出るか?
俺は意を決し、これまで幾人もの冒険者を退けてきた「謎の空き家」の扉を開く。
すると、石で出来た小さな空間が足元にあり、そこから一段上がって木材で出来た廊下が伸びている。
廊下の左側に二つ、右側に三つ、これまた木材で出来た「横にずらす扉」がある。
身体に何の変調も無いことを確認し、空き家に一歩踏み出す。
「―――!!」
刹那、俺はこの「空き家」が人の意識を奪う理由を確信する。
空気中の魔力濃度が濃すぎるのだ。
魔力というのは空気中に漂っていて基本的に無害なものであるが、それが一定の濃度を超えた時、一転して人の命を危ぶむ毒になる。
俺の脱糞魔法「クソデルフィア」により生成されたウンチを何故か食べたカブトムシ魔人が死んだらしいが、それも魔力の塊を食べたからだ。
この空間に漂う魔力は、数回呼吸をしただけで致死量に達するほどの濃度がある。
これまで意識を失うだけで済んでいたのは、一呼吸で完全に意識を奪われ、中に踏み込めなかったことが幸いしたのだろう。
俺は魔障結界をこれでもかと分厚くしていたこともあって平気だが、結界の表面が乱れているのを感じる。
長居するべきではなさそうだ………!
俺は再び意を決し、一段高くなった木の廊下に踏み出す。
廊下から部屋に繋がるであろう五つの扉。
さてどれから確認しようか?
家中に充満する魔力から考えて、おそらくどこかにこの魔力を放出する核のようなもの、もしくは人がいるはず。
こういう時、普段であれば目を凝らして魔力の濃い場所を探すのだが、今回の場合どこもかしこも魔力が濃くてさっぱり分からない。
何も考えず、一つずつ見ていくしかなさそうだ。
まず、俺は左側手前の扉に手をかけ、横にずらす。
すると、外側から見えた背丈ほどあるガラスの窓がある部屋だった。
床はなにやら草を編んだような長方形の板を組み合わせていて、真ん中に背の低い四角い机が置かれている。
机は天板と脚の間に分厚い毛布が挟まれていて、天板の上には小さな柑橘系の果物を入れた器と、色んな色の凹凸がついた「棒状の何か」がある。
他にはガラスを填めた箱のようなものや木製の大きな棚、中に綿の入った小さな布製品が部屋に置かれているが、どれも見たことが無い物ばかりだ。
そして右手には、紙で出来た仕切りがあり、これまた横にずらす扉のようだ。
その紙の扉を開けると、今度は木の床の部屋に出る。
壁際には背丈よりも大きな白い長方形の箱、鍋や包丁などの調理器具が置かれた背の低い棚があり、どうやらキッチンのようだ。
が、食材は無い。
果物があったことから人がいるのでは、と思ったが、キッチンに食材が無いというのはどういうことだろうか?
奇妙だが、他の部屋を探す事にしよう。
キッチンに扉があった為、そこから廊下へ出る。
これで左側二つの扉を確認した。
次は右側三つの扉の内、最も奥の扉を開く。
「うわっ!………って鏡か」
そこは狭い空間で、奥に鏡のついた白い棚と、またもや白い長方形の箱が置かれている。
左手には向こう側が見えないガラスを填めた金属の扉があり、そこを開けると表面の滑らかな石の桶がある空間―――おそらく風呂だろう。
浴槽は大人が二人なんとか入れる程度の大きさで、床は滑らかな石のタイルで出来た上等な造り。
そして気になるのが、床や浴槽が濡れていることだ。
この滑らかな石の効果なのかもしれないが、少し前に使われた形跡と見るべきだろう。
そして廊下に戻って次の扉を開けると、これまた狭い空間。
奥に滑らかな石で出来た椅子があり、どうやらフタになっているようだ。
それを開けると穴が開いていて、濡れている。
滑らかな石は見るからに高価な物だが、この部屋の匂いからして、ここは便所のようだ。
これで残す扉はあと一つとなったが、初めの部屋にあった果物、風呂やトイレに残っていた水気から、ここには人がいる可能性が非常に高い。
魔法による結界が張られ、中は魔力が充満。
そして見たことの無いものばかりがあるこの「空き家」の主。
一体どんなヤツが出てくるのか?
俺は好奇心と恐怖が半々といった心地で、最後の扉を開く。
「―――!」
すると、最初の部屋よりやや狭い正方形の部屋。
床は草を編んだ板で、最初の部屋にもあった大きな木の棚が置いてある。
そして、部屋の中央にある大きな毛布に小さなふくらみがあり―――それが小さく上下している!
―――いる。
毛布の中で何かが息をしている!!
かつてないほどの緊張感に心臓が口からまろび出そうになりながらも、震える手で毛布をどかせる。
「んうう………」
そこにいたのは白髪の小さな女の子だった。
ベルベルよりも幼い、人間でいう四~五歳ほどの幼女が、布団の中で丸まって寝息を立てていた。
どうやら猫の亜人のようで、ほとんど人間の容姿をしているものの、猫のような耳としっぽがあり、手や足も白い体毛に覆われた猫のような形をしている―――言うなれば白いふわふわ猫幼女。
身構えていたところでのあまりにも愛らしい「空き家」の住人に唖然としていると、
「んう………ん?」
彼女はどうやら眠りから覚めたようで、その色素の薄い眸をこちらへ向け―――
「おやヒロシ君かい? よく来たねぇ」
と優しく微笑む。
「いや、ヒロシ君じゃ、ないです」
「大きくなったねぇ」
「ヒロシ君、じゃないですよ?」
「ふっふっふ………ヒロシ君は面白いねぇ」
「聞いてます? ヒロシ君じゃないです」
ヒロシ君じゃ、ないです。
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