第四十六話 宿無し脱却の足がかり



モウロー食堂。


食堂の主人:クセナゴスに誘われるがままに入店すると、左手に厨房とカウンター席があり、右手に四人掛けの木製の座席が二つ並べられた、外観通りの古びた食堂、といった内観をしていた。

壁の至る所に色んな料理名が書かれた木の板が張りつけられているが、ケツタニア伝統料理やカレーなどの異世界料理―――いわゆるオシリアナの大衆食堂といった品揃え。


左手奥には階段が見え、おそらく二階にクセナゴスの居住空間があるのだろう。


小さな食堂で閉塞感があるが、どこへ行っても騒ぎになる俺達にとっては居心地が良く、クセナゴス様様だ。


俺達は奥の四人席に腰かけると、いつの間にやら鎧を脱いで厨房で準備をするクセナゴスが、


「何が食いたい!? 作れるモンは何だって作ってやるぜ?」


「はい! プリンが食べたいピヨ~!」


「すまねえが菓子屋じゃねえからプリンは無えな………ってプリン!? 鳥なのに!? 」


「プリンは無いピヨか………。じゃあオムライス! オムライスが食べたいピヨ!」


「鳥なのに!? 作れるけどほんとにいいの!?」


「? ボクはオムライスが大好きピヨ! ふわふわのたまごのやつが良いピヨな~!」


「そ、そうか………分かった! ふわふわのオムライスだな! ブレインやお嬢ちゃん………あとその犬っころ?はどうすんだ?」


「俺はピヨコと同じのでお願いします。ベルベルは何食べたい?」


「んー! ブレインと一緒のやつがいい!」


「分かった。フェンリルは?」


「あぱー」


「………。オムライス四つで!」


「犬も!? ………まあいいや分かったぜ! 玉ねぎは抜いてやらねえとなぁ」


そのままクセナゴスは調理に取り掛かる。

具材を切る音やかき混ぜる音、肉を焼く音が心地よく、しばらくするとトマトケチャップの甘酸っぱい匂いが鼻腔を抜けて空っぽの腹を刺激し………ない。


「あぱあぱ」


何故ならフェンリルがウンチを握っているからだ。

ほんといつまで握ってるつもり?


「フェンリル、ちょっと手を洗ってきなさい。ごはんの時はウンチ持っちゃダメだから」


「あぱ!?」


「そんなびっくりしないで? ほら。みんなも手を洗ったほうがいいから、一緒に行くぞ。クセナゴスさん! ちょっと手洗い借りますね?」


「おー勝手に使ってくれや! 右奥の扉だ!」


そうして抵抗するフェンリルを魔法で無理矢理手を洗わせて、全員が食事する準備を整えた頃、


「ほら! 熱いから気を付けて食べろよ?」


人数分のオムライスが運ばれてくる。


「ピヨピッピ~! ピヨピッピ~!」


「あぱぱーぱ! ぱーぱぱ!」


「すごーい! これが『おむらいす』って言うんだな! おいしそー!」


早速食べようとする三人だが、フェンリルとピヨコには人間の生活様式に早く馴染んで貰う必要がある。

いい機会だし人間の食事の決まりを教えてやろう。


「待て待て。異世界料理を食べる時は、必ず言わなきゃならん言葉があるんだ。いいか? こうやって手を合わせて………『イタダキャス』」


「「いただきゃす!」」


「あぱりしゃす」


「………よし! じゃあ食べようか!」


俺の号令を聞いたピヨコとフェンリルは、スプーンでオムライスを口に運ぶ。


「ピエー! おいしいピヨ~! くせすごさんはすっごいピヨな~!」


「クセナゴス、な? 焦らずに食えよ? 足りなかったらまた作ってやるからよ!」


「あぱー………あむあむあむあむあむあむあむ!!!」


「うるさっ!? ってか犬のクセにスプーンで食ってやがる!? ホントに犬!?」


隣の席に座って俺達の食事を見守るクセナゴスは大いに困惑しているようだが、まあ放っておけばじきに慣れるだろう。

それじゃあ俺も食べるか、とスプーンを手に取ったところ、オムライスに手をつけずにこちらを見つめるベルベルに気付く。


「ベルベルもどうぞ?」


ベルベルは「んーん!」と首を振る。

調子でも悪いのか?と考えたが、そうではないらしく、


「ブレインとね?………一緒に食べたいの」


もじもじと俯きがちに呟くベルベル。


なんとも可愛らしいお願いだこと。


俺はそんなベルベルの頭を撫で、


「………そっか! じゃあ一緒に食べようか!」


「うん!」


笑顔を咲かせるベルベルと一緒に、俺は待望の食事を楽しんだ。


そして全員が食事を終えた頃、俺は厚かましくももう一つの問題について切り出してみる。


「クセナゴスさん。ほんとに美味しかったです。ありがとうございます。それで、重ねてお願いなんですが………ここに今晩泊めてもらえませんか?」


俺達は宿が無い。

ここが魔国領なら別にそこらへんで結界でも張りながら雑魚寝するのだが、住民のピヨコ達に対する反応を見るに、野宿なんてすれば衛兵が飛んでくるに違いない。

だから屋根と壁があるところに泊まりたい、そして願わくば明日以降も住まわせてほしいのだ。


まずは今晩、そして明日………とずるずる居座って、俺が仕事を見つけるまでの拠点にしたい!


そう考えていたのだが、


「そうしてやりたいところなんだが………一応飲食店だからよ? 流石に犬っころを泊まらせるワケにはいかなくてなぁ………。悪い!! 他を当たってくれや!!」


手を合わせて頭を下げるクセナゴス。

まさか一泊も出来ないとは………。


「あ!でもどうしようも無くなった時はまたこうして飯食わせてやっから! そんときゃ言えよ!? まあちゃんと金払ってくれるのが一番良いんだがな!」


どうする?

他を当たれって言われても、他に知り合いなんて門兵くらいしか………。

こうなったら………!


「宿代とか………貸してくれたりは? しないですかね?」


金の貸し借りは思わぬ事態を招くことがある為、なるべくしたくなかったのだが、止むをえまい。


が、


「金を貸すのは構わねえが、多分どこも借りられないと思うぞ?」


「? どういうことです?」


「お前らもさすがに知ってるだろうが、王城がぶっ壊れたってんで、城に住み込みで働いてるヤツらが宿を抑えちまってんだよ。それに一週間くらい前から何やら人の出入りが激しくってな? 理由は知らねえが宿はパンパンで空きがねえって話だ」


くそっ! 王城破壊がこんなところで影響してくるとは………!

もう門兵に泣きついてもう一泊詰所に泊めてもらうか?


すると、考え込む俺を見かねた様子のクセナゴスが「これはおススメできねえが」と前置きしつつ、


「この近くに一つだけ『空き家』があるんだ。あそこなら………お前さんの力があればなんとかなるかもしれねえ」


空き家!? そんなのこっそり忍び込めば何泊でも出来るじゃないか!

バレると衛兵が飛んでくるだろうが、魔法で音を消してやればそうバレないだろう!


「そこに案内してください!」


俺は前のめりでクセナゴスに迫る。

するとクセナゴスは苦い顔で「まあ聞け」と制し、


「空き家って呼ばれちゃあいるがな? あそこに本当に誰も住んでいないのかは、誰も知らねえんだ」


「住んでないか分からない? 長い間留守にしてるだけかもしれないってことですか?」


「いやそうじゃねえ。 『中を確認出来ねえ』んだ。 なんでも家に入るといきなり意識を失うらしくてな。これまで何人も冒険者が依頼を受けて中に入ろうとしたが全員ぶっ倒れちまって、酷いヤツは一週間も目を覚まさなかったらしい」


意識を失う………か。

何かの魔法? 中にいる住人か、もしくは今は居ない家主が中に入らせない為に特殊な結界でも張っているのだろうか?


………金の匂いがするぞ!?


「それはそれは、まるで『中に大事なモノを隠している』かのようですねぇ? ちなみに何故取り壊したりはしなかったんでしょう?」


「それが『壊せねえ』らしいんだ。この辺の廃墟を取り壊して綺麗な街にしようって国がやってた時に召喚者数人に頼んで解体しようとしたらしいが、傷一つつかなかったって話だ。それに百年近くあそこにあるってのに、全く劣化してねえらしい」


壊せない。劣化しない。そして入れない………。


これは決まりだろう!


―――過去の大魔導士が残した宝が眠っている!


「クセナゴスさん、そこへ案内してください。私がその『空き家』の謎を暴いてみせますよ………!」


「お前、そんな悪い顔するヤツだったんだな………。案内はしてやるが、本当に気をつけろよ? いくらお前といえど、あそこは幾人もの召喚者を返り討ちにしてきたんだからな?」


「くくくっ! これで金と宿の問題が一気に解決するぞ………!!!」


「こわっ………。何か心配になってきたぜ」



クセナゴスの口から飛び出した、俺が目下抱える問題を全て解決しうる「謎の空き家」。

もはや笑いを堪えきれない俺は、その「空き家」を攻略すべく店を出るのだった。



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