第四十五話 山あり谷あり
―――王都オシリアナ南地区:噴水広場
「お腹空いた………ピヨ」
「ごめんなピヨコ………」
「あぱ………」
「フェンリル、お前は悪くない………たぶん俺が原因だ」
「ブレイン………よしよし。元気出して?」
「ありがとうベルベル………優しいな………」
太陽が街並みに沈みつつある夕時の王都。
俺達は、四人並んで噴水の縁に腰かけ、行き交う人々を虚ろな目で眺めながら、反省会をしていた。
―――冒険者ギルド入会試験に落ちた。
ピヨコ、フェンリルだけでなく、俺も。
完全に充てにしていた冒険準備金―――上手くいけば三人分、最低でも一人分は確実に手に入ると考えていた金が、一ゴールドすら残さず手をすり抜けていった。
何がいけなかったのか?
魔力は二万越え、そして受付嬢シバという異世界召喚者を倒した男だぞ?
俺を落とすなんてあまりにバカげている。
俺は不合格を告げるギルドマスターに理由を聞いた。
すると、彼はそれはもう必死な様子で、疲れ果てた様子でこう言った。
「執務室の床に脱糞しながら叫ぶような犬を冒険者にしようとするなんて、アンタはイカれてるッ! もう一生来ないでくれ!」と。
部屋で叫びながら脱糞―――なんだか心当たりがあった俺は何も言い返せないまま、逃げるようにギルドを出た。
「ママ見て―! ワンちゃんと鳥さんが座ってるよ~? 可愛いねぇ」
「あらホントね! 仲良しさんなのかしら………ってデッカ!!? デカ過ぎんだろ!? なんだアレ!?」
フェンリル―――警備兵長であった彼は俺の脱糞魔法「クソデルフィア」及び威嚇脱糞の被害者だ。
嗅覚を破壊され、誇りすら奪われ不安定な精神状態のところを、「ブレイン・インパクト」により記憶を奪われ、結果としてパーになってしまった悲しき狼。
パーになってから、彼は色々と騒ぎを起こしたが、いずれもウンチに関わることだ。
いきなり走り出し、花壇から掘り出したウンチを俺や冒険者に渡し、投げ返されたウンチをまた拾っては大事そうに握りしめる。
そして、今度は執務室の床で脱糞。
もしかすると―――記憶の大半を失った彼が唯一覚えていることが、俺の威嚇脱糞なのではないか?
空白の中にある強い記憶に縋った結果、彼をウンチに執着させているのでは?
あくまで推測でしかない。
だが今もこうしてウンチを握りしめている様子を見ると、それが答えである気がしてならない。
「はあ~、今日も仕事疲れたなぁ………え魔鳥デカチキン!?」
「っく……! ミカちゃんとのデートに遅刻してしまうっ! でもこの噴水広場を通る道なら間に合うかも………って全裸の犬魔人!?」
嗚呼、フェンリルよ。
俺は君をなんて悲しい生き物にしてしまったんだ。
君のパーになって締まりのない横顔を見ていると罪悪感が押し寄せてくるよ。
だから今回のことは気にしないでくれ。
俺が悪いんだ。俺が全部悪いんだ。
それにしても、行き交う住民達がものの見事に全員驚き倒していて、周囲は軽いパニック状態だ。
ピヨコは黙っていると魔獣だと思われ、フェンリルは頭のおかしい魔人だと思われている。
まあフェンリルに関しては当たってるし、ピヨコも喋れるだけで魔獣くらいの知能しか無く、当たらずとも遠からずといったところ。
しかしこれ以上騒ぎになると衛兵が来るかもしれないし、そろそろ動くとしよう。
「よし。もうすぐ暗くなりそうだし、移動しよう」
そう言って重い腰を上げると、三人もそれぞれ返事をして立ち上がる。
だが金も無ければ行く宛も無い俺は、ただ来た道を戻るように、南へ向かって歩き出す。
「あっ! や、やっと見つけたぁ!!」
ほんの数歩進んだ時、前方から息絶え絶えと言った様子の男の声。
そちらに目をやると、古びた革の鎧を着た無精ひげの男がこちらに手を振っている。
どうやら俺達に用があるらしいその男はそのまま駆け寄ってきて、
「ブレイン! ブレインだったよな!? 探したぜ!」
大汗をかくその男は俺のことを知っているらしい。
そういえばギルドの酒場にいた小汚い連中にこんなヤツがいたような気がする。
「何か用ですか? あなたは確かギルドにいた………」
「おうそうだ! 覚えててくれたとは嬉しい限りだ! そう! 俺は冒険者のクセナゴスってんだ! 宜しくなぁ!」
クセナゴスと名乗るその男はそう言って歯を見せると、手を差し出してくる。
なんだか暑苦しい男だが、珍しく好意的な様子。
俺はその手を握り、
「宜しくお願いします。まあ冒険者にはなれませんでしたがね。はは………」
「それは本当に不運だったな………! だが俺や他のヤツ、シバさんにやられたヤツらは全員お前のことを認めてるぜ? よくシバさんを倒してくれたってな!」
「そうですか………。それは、ありがとうございます」
貴様らに認められたところで一銭にもならないだろうが。
なんだこんなことを言う為に探していたのか?
はん! あまりにも無益で愚かしい男だ! そんなだからいつまで経っても良い鎧が買えないんだ。
こんな男、相手にしても何の得もない。適当にあしらって………
「それで俺ぁお前にお礼がしたくてよ? 晩飯はまだか? たけえモンは無理だが、ご馳走してや」
「まだです! 是非ご馳走になります!」
「えらい食い気味だな!?」
「一目見た時から思慮深く理知的な御方だと思っていましたが、よもや我々の懐事情を慮ってくださっていたとは! なんたる僥倖!! 何たる幸運!! 貴方はきっと神が遣わした貧者の救世主に違いない!!」
俺はこの出会いに感謝の言葉を連ねながら、彼の手を強く握る。
「聞いたかみんな!? このクセナゴスさんが食事をお恵みくださるそうだぞ!! 」
「おめ、ぐみ………ピヨ?」
「ピヨちゃん! ごはんを食べさせてくれるってことだぞー! やったなー!」
「えぇ~! ピヨピッピ~! やったピヨ~!!!」
「あっぱぱー!! あぱ! あぱあ!!」
「「「「いえ~い!!」」」」
「えっと、そんな腹減ってたんだな………」
俺達の喜びようにやや気圧されている様子のクセナゴスさんに着いていくことになった。
―――王都オシリアナ南地区南:コッコ市場
「うわー! いっぱいお店がある! すごいね!」
「いい匂いがするピヨな~!」
「あぱー」
俺達はクセナゴスの案内の元、南地区の中でも最も外壁に近い区域にあるコッコ市場を訪れていた。
太陽が沈み薄暗くなった為明かりがポツポツとつき始め、活気良い客引きの声と相まって古き良き夕時の情景を思わせる。
善王による身分制廃止、貧困救済などで大幅に改善されたとのことではあるが、中央から離れるほど住民の所得が低くなっているのは変わっていないらしく、ここコッコ市場―――昔でいう貧民街にある食品店や飲食店はどこも安価な商品を扱って いるようだ。
だが、大きく変わったのはその建物や住民の衣服の質。
異世界召喚者の知恵や発想はこの国の魔法工学を発展させ、かつて貧民には手の届かなかったガラス製品や上質な建材が流通するようになり、素人が皮を継ぎ張って作ったような汚い服を来ていた住民も、今や羊毛や植物系を撚って作られた糸で編まれた上等な服に身を包み、市場全体が清潔感を保っている。
異世界召喚者は頭がおかしいと言われながらも受け入れられているのは、彼らが魔人の脅威を排除したこと以上に、生活に彩をもたらしたことが要因なのだろう。
「よし着いたぜ! ここがディナー会場―――『モウロー食堂』だ!」
市場を五分ほど歩いたところで、クセナゴスが一件の飲食店の前で立ち止まり、大袈裟に披露して見せる。
モウロー食堂、と書かれた看板を掲げた、他の店より一層古びた小さな店舗。
別に廃墟、というわけではないが、他の建物がそれなりに綺麗なこともあり、一層その小汚さを感じてしまう。
その上明かりもついておらず、中から人の気配も無い。
「クセナゴスさん、見るからにやってないように見えますけど?」
これだけ期待を煽っておいて、騙してましたーなんてことがあれば、俺はもう怒り狂って街ごと火の海にしてしまうかもしれない。
俺は内に湧き上がる負の感情を抑えつつ、笑顔のクセナゴスに尋ねる。
すると、
「あー!言ってなかったよな!? 冒険者つってもほぼ引退しててな? 今はこの『モウロー食堂』をやってんだ!」
クセナゴスはそう言って入口の鍵を開け、内壁に取り付けた魔石に触れて明かりをつけると、俺達を手招きしながら、
「座って待ってな! 一流店には敵わねえが、腹いっぱい食わせてやっからよ!」
………。
「「「「いえええええええい!!!!」」」」
俺達は神の使徒:クセナゴス様のご厚意により、丸一日ぶりの食事にありつけることになった。
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