第四十四話 ギルドマスター:ギルマスの困惑


―――冒険者ギルド「ビッグホール」三階:ギルドマスターの執務室


「えーフェンリル君………でいいのかな? はじめまして、私はこの冒険者ギルド『ビッグホール』のギルドマスターの『ギルマス・クローニン』と言います。宜しくね?」


「あぱー」


「………。 えーウチのギルドの冒険者になりたい、ということで。これから最終試験である面接………まあ面接っていってもそんな緊張するような、き、気軽にね? いくつか質問して、えー。それに答えてもらう、というものです」


「あぱー」


「………」


ちょっと待ってぇ!?

なんでこんなことになっちゃってるのお!?


私はギルマス・クローニン。五十四歳の非童貞だ。

ケツタニア王国王都:オシリアナの冒険者ギルド「ビッグホール」のギルドマスターを務めている。


魔国領の天変地異が発端となった魔獣の大移動の影響から危険な討伐依頼も多く寄せられ、ここ二十年で冒険者の需要は爆発的に伸びた。

かつては頭のおかしな連中の集まりとさえ言われていた冒険者ギルドだが、今や国からの支援もあり、冒険者は世界の平和を守る立派な職業となった。


ギルドマスターである私はそんな冒険者達の活動支援や依頼人との折衝など、受付のコリーちゃんに助けてもらいながらも、国からの支援金を打ち切られないように必死に働いてきた。


それにここはオシリアナ―――異世界召喚の聖地。


当然多くの召喚者、そして召喚者の血族が所属していて、マスター業務に加え、彼らが起こす問題の対処に日々追われている。

私は戦闘能力が無いから、冒険者達に舐められて全然言うことを聞いてくれないし、職員の子達もなんだか扱いが雑なような気がして(エリカちゃんは本当に怖い)、本当に毎日心が折れそうになる。


だけど、私は自分を誇りに思っている。


このギルドマスターという職を父から引き継いで二十二年。

私は国から頭のおかしな召喚者を押し付けられ、依頼者から無理難題をいくつも課せられながらも、なんとかこうやってギルドを維持・発展させてきた。


だいぶ老け込んでしまったが、まだまだ現役!

そうやって私は毎日を必死に生きている。


そして今日、午後から王城襲撃の件で国から呼び出しを受けていて、また何か押し付けられるのだろうと嫌気がさしていた時、コリーちゃんが入会試験の受験者だというこの犬を連れてきた。


………犬じゃなくない!?


犬ってもっとこう、可愛いものだよね?

しっぽ振って甘えてきてさ? ちょっとやんちゃだけどそれも可愛いから許しちゃうみたいなさ?


でもこの子全然可愛くないもん!

私よりずっと大きいし、なんか目とかどこ向いてるか分かんないし、ずっとベロ出してるしさ!?

コリーちゃんと一緒にいた飼い主の子は「大型犬」って言ってたけど、ちょっとそういうデカさじゃないもん!


「あぱあぱ」


あぱーって鳴くし!?

これ違うよね!? 絶対犬じゃない!!


これたぶん頭おかしくなった魔人でしょ!?


だって二足歩行だったし、今も普通に椅子に座ってるもん!


それに股間の黒いヤツ何アレ!? 魔法!?

なんで隠してるの!?

魔人だからもう公衆に見せられないようなモンぶら下げてるからじゃないの!?



あとなんでウンチ握ってるの!?


くっさ!!


変過ぎるのよ!?

なんでこんなのを面接に通しちゃったの!?


コリーちゃんは魔力適正合格したって言ってたけど、そんなのもう関係ないよね!?

だって絶対意思疎通出来ないもの! さっきから「あぱー」しか言ってないし、一向に目も合わないし―――


―――いや合ってるかも!? いや合ってな………


怖い!もう怖い何これ!? 何考えてるか分かんないしデカいからホント怖い!!

なんでこんなのと二人っきりにさせられてるんだろ!?

イタズラかな!? イタズラだよね!?


だってそうじゃないともう説明つかないもん!


………よ、よし! もう帰ってもらおう! ね? だってどうせ話なんて出来ないものね?

そうしよう!


「えーっと、フェンリル君。 申し訳ないんだけど、今日はこのへんにしましょうか! はい! 今日のところはお帰りください!」


「あーぱー。あぱー」


「ほら、後ろのドアから出てもらって。あ! 飼い主の人も多分受付に来ると思うから」


「あーぱんあーぱん」


「………」


―――ぜんっぜん帰ってくれない!!


いや頷いてはいるのよ!?

私が話しかける度にあぱあぱ言いながら頷いてるから、話しかけられてるのは分かってるみたい!


でもぜ~んぜん動いてくれない!

どうしようコレ!?


………あ! もしかして言葉が分からないだけで、身振りとかは分かるかも!?


「ほらっ! フェンリル君見て! こ~こ! ドア! 開けた、から! ほら! ここ、から! 出て行って、ね?」


私は席を立って執務室の扉を開け、何度も出入りして見せる。


「あぱぱ! あっぱぱ~!」


おっ、フェンリル君が立ち上がって何かし始めたぞ!?


これは出て行ってくれ―――いや違う! あれは踊ってるんだ!


何で!?


くそっ!ダメだ!遊んでると思われている!


何か方法は無いか!?

考えるんだギルマス・クローニン!

ただ犬を外に出すだけ!こんなの国から押し付けられる問題と比べたら些細なことじゃないか!


そうだ! 犬であれば食べ物で釣ればいいんだ!


「フェンリル君、ちょっと私食べ物取ってくるね! ちょっと待って………いや待たなくていいから! 出来れば戻ってくる前に帰っててね?」


「あぱーちー!あっぱあっぱ!」


おっ、手を叩いてる! 喜んでるみたいだぞ?

これは期待できる!


思い立った私は一階の厨房に行き、食材を取る。

そしてもう犬が居なくなってることを祈りながら執務室に戻る。


「あーぱ!」


ドアを開けると、フェンリル君が椅子に座って待っていた。


ちゃんと待ってて偉いね?

でも違うんだ。帰ってほしいんだ私は。


「見て見てフェンリル君!………じゃじゃーん! ソーセージぃ~!!!」


「あぱっ!? あぱー!!」


おっ、凄く食いついている! 今にも飛びつきそうなくらいだ!

………でもほんとに飛びつかれたらマズイし、さっさと部屋の外に置いて、


「ほら~っ! ここにソーセージ置いとくから、食べて帰ってね?」


「あぱー!」


すると、フェンリル君が立ち上がってドアを開け、そして退出してドアを閉めた。


よかった~!

やっと出て行ってくれた!


これでようやく出掛ける準備が出来る。

たしかあの飼い主も面接に来るらしいが、また今度にしてもらおう。

魔力が二万越えとかで、是非ともギルドに欲しいけど、この犬の飼い主ってことはきっと頭おかしいし、もう疲れちゃった。


大きな溜息を吐いて席につき、広げた書類を片づける。

もう十時、早めに出て昼食をゆっくり食べてから行こうか。

そんなことを考えていた時、執務室のドアが開き―――


「あぱー!」


―――ソーセージを持ったフェンリル君が現れ、席に座った。


なんで戻ってきちゃったの~!?

も~!!


帰ってえ?


こちらの思い空しく、フェンリル君はソーセージをこちらに見せた後、


「あむあむあむあむあむあむ!!!!」


食べ始めた。


うるっさ!?

咀嚼音が乱暴過ぎる!!


それにずっとこっち見てる気がする!


こわっ!!


「あむあむあむあむあむあむ!!!! あむぅ!!! ………あぱー」


どうやら食べ終わったようだ。

本当に怖かった。


………おっ? たちあがったぞ?

うわこっちに来た!


「ど、どうしたのかな?」


「あぱあぱあぱ。あぱー」


うーん全然分からない。

でもドアの方を指差している。


………指を差すって、犬じゃないよねやっぱ!


で、でももうそんなことはいい。

とにかく私にドアまで付いてきてほしいようだ。


「一緒に外に出ようってことかな? わかったいこうか!」


「あぱー!」


このまま外に出て、飼い主を探して返そう。

もうそれしかない。


私はフェンリル君を連れてドアを開け、廊下に出る。

早く解放されたい気持ちからやや速足になり、階段に差し掛かった時―――振り返るとフェンリル君がいない。


嫌な予感がする!!


また部屋に戻ってしまったのではないか?


私は老体に鞭を打ち、廊下を駆ける。

そして、執務室の扉に辿り着き、息を整えないまま扉を開く。


「―――!?」


私の思考は、眼前の異常な光景に機能を失った。


冒険者ギルド入会希望者フェンリル―――突然現れた犬にして、全然帰らない犬。


が、薄ら笑いでこちらをじっと見つめながら、お尻を丸出しにして―――



「あぱあああああああ!!!」



―――脱糞していた。


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