第四十三話 受付嬢シバの暴言/冒険者ギルド入会試験(終)
冒険者ギルド「ビッグホール」の受付嬢。
それがこの私―――シバさんこと柴木廻 恵梨香(しばきまわし えりか)の今の肩書だ。
この世界に来たのは十四年前、私が十歳の頃。
塾の帰り道に立ち寄った公園で頭のおかしなおじさんを見つけた時だった。
「み、みんな私から離れるんだぁ! ………っく! 門がッ! 肛門が開くっ! け〇あなとも言うッ! 」
「うわ~! おじさん何してんのぉ~? きも~っ! 」
おじさんをバカにするのが趣味だった私は、この時も散々バカにした上でブザーを鳴らしてやろうと考えていた。
「き、きみっ! 危ないから離れていなさいッ! 私のア〇スにっ! いやけ〇めどにっ! 吸い込まれてしまうぞぉッ!!!」
「きんも~っ!! おじさんヤバい人じゃ~ん! クスクスっ! こんな時間に公園にいるってことはぁ~、お仕事してないってことでしょ? くずだ~! くずおじさん~! きもっ!きもきもっ~!」
「ぐっ………! は、はやく逃げ―――ッ ダメだッ! 開くッ! 開いちゃうッ! 菊門がッ! ア〇ルがぁッ! がっぴらいちゃう~ッ!!!! らめえええええええ!!!」
「うわガチヤバの人じゃん………! さっさとブザー鳴らして―――え?」
その時、急におじさんの肛門が光りだし、私は肛門に吸い込まれた。
それが日本での最後の記憶。
気付いた頃にはこの世界に来ていて、私を召喚したと名乗る数人の大人からこの世界と私達召喚者がどういう立場なのかを聞いた。
幸い私は子供にしては賢かったから、自分がこの世界の住人より優れていることをすぐに理解。
この世界にブザーは無い。野蛮な人だっているし治安も悪い。
でも、私には圧倒的な力があったのだ。
数日で自由を得た私は、これまで以上におじさんをバカにし始めた。
強そうなおじさんも、偉そうなおじさんも、手あたり次第バカにしてやった。
中には説教してくる奴や逆上してくる奴もいたけど、その度にボッコボコにして土下座させて、それから何日も追いかけまわしてバカにするのだ。
本当に楽しい毎日だった。
自分よりずっと身体が大きくて、長生きして色んなことを知ってるおじさん達を泣かせると、自分が神様になったような気さえした。
でも、四年前のある日のこと。
森で冒険者のおじさんを見つけ、いつものようにバカにした時だった。
「うわ~っ! おじさんそんな魔獣も倒せないんだ~っ! クスクスっ! ざ~こっ! ざこざ~こっ!」
「うるさいなっ! ちょっと後にして! ってか君いくつよ?」
「必死じゃんきもっ~! えぇ~? 私の歳が知りたいのぉ~? ざこきもおじさん可哀そうだから~、特別に教えてあげる~っ! にじゅっさいだよ~っ」
「二十って………やっば! 二十歳でそんなことしてんの!?」
「え………?」
「俺と二つしか違わないじゃん! 俺がおじさんなら君ももうすぐおばさんだよ?」
衝撃だった。
まるで雷に打たれて脳天から真っ二つに引き裂かれるような。
お腹の内側から破裂してバラバラになるような。
そんな、自分が瞬く間に消えてしまったかのような喪失感が、とっくの間に子供じゃなくなっていた私の身体を駆け巡った。
私はもう、これまでバカにしていたおじさん達と同じ「大人」になっていたのだ。
私は普通の人になろうとしたが、十年以上もずっと繰り返し続けた習慣は全身の奥底まで染みわたっていて、そう拭いされるものでは無かった。
私がもし弱かったら?
私を叱ってくれる人がいたかもしれない。
怖い目に遭っていたかもしれない。
そうやって私に、これがいけないことだと気付かせてくれたかもしれない。
でも、私は強かった。
魔力も多く、「スキル」も持ってる。
正直ほとんどの人は相手にならないくらい、飛びぬけて強かった。
だから、私は探す事にしたのだ。
私を打ち倒してくれる人―――無理矢理分からせてくれる人を。
そうして私は、召喚者もよく入会するここオシリアナ冒険者ギルドの受付嬢となり、強い冒険者が現れるのを待った。
見込みのある冒険者が現れてはバカにしてケンカに持ち込んだが、ケンカに乗ってきた中で私に勝てる者は一向に現れなかった。
治らない悪癖、そして積み重なっていく年齢。
私は焦りと羞恥心からどんどん口調が粗暴になっていき、今では年上の冒険者連中にもさん付けで呼ばれる親玉的な立ち位置になってしまった。
それでも私は待ち続けた。
そして、今日突然現れたのが、この「ブレイン」と名乗る男。
変な仲間を連れ、そして古代魔法を扱い、私よりも年下だろう人間でありながら、私の倍近い魔力量。
これまでの奴とは何か、根本的なモノが違う。もしかしてこいつなら?
私はそう期待を寄せ、無理矢理こいつを戦闘に引きずり込んだ。
いざ戦闘になると、その魔法の威力や規模には驚いた。
初手の氷結魔法、私の「インパクト」連打を防ぎきった結界魔法………そしてなにより、片手で結界を固めながらの攻撃魔法………どれもこれまで戦った奴らとは一線を画していた。
だがそれでは私に勝てない。
私の一番の武器は魔力量ではなく「スキル」!
私にこれほどのダメージを負わせたことは褒めてやるが、「スキル」を見抜けず、こうして私の「インパクト」の餌食になる。
私の豪拳に顔面を打ち抜かれるブレインの後ろ姿を見ながら、
「ギャハハハハハハ!!! 死ねやザコがアアア!!!」
私は落胆を隠してバカにする。
はあ、こいつも分からせてくれなかった。
「死ねとかザコとか言うな召喚者の女。言葉遣いに気を付けろ」
「ア………?」
勝ちを確信した私を窘める男の声。
インパクトを顔面に受け、ぐちゃぐちゃに吹き飛ぶはずだった男が、まだ私に後ろ姿を見せたまま―――
「ピヨコが真似したらどうする」
―――私の拳を顔面で受け止めていた。
※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※
―――やはりそうだったか。
そう思いつつも、俺は顔に当たるギリギリのところで止まるシバの拳を見て大きく息を吐く。
「決まっ―――ってない!? アイツ! シバさんの『インパクト』を顔で受け止めてやがるッ!」
「どういうことだぁ!? まさか身体も頑丈だってのか!? 」
「いやよく見ろ! 当たってない………アイツの顔とシバさんの拳の間に何かあるッ! 」
冒険者達はどうやら気付いたらしい。
割れた結界を再利用した小さな魔力の盾に。
「「オイコラぁ! 一体どういうことだァアアア!!!」」
俺の顔面を砕こうと拳を放ったシバと、そして俺の背後で膝をつくシバ。
二人のシバが同時に叫ぶ。
「説明するのはこの『分身』を処理してからだ」
「なっ!?」
俺は正面のシバに右手をかざし、
中級風雷魔法―――
「―――『アルバイ・トンデシモタ』」
「―――!?」
至近から放たれた風の刃がシバを両断する。
すると、シバは煙のように解けて消えていく。
「それでは教えてやろう。貴様の持つ『スキル』―――『分身』を見抜いたワケを」
俺は本体―――後方にいるシバに向き直る。
「おそらく『スキル』を使用したのは土壁と土煙で俺の視界を奪った後だろう。貴様の声が聞こえてそこに魔法を放った時、手応えがあったのに貴様は俺の背後にいた。そこで俺は貴様が持つスキルを『瞬間移動』の類であると推測した。 しかし」
「ブレイン頑張れー! やっつけてー! こっち見てー!」
「ブレインさまお腹空いちゃったピヨー! 」
「ちょっと今喋ってるから! もうちょっと待ってくれる!?」
「こっち見たー! わー!!! 頑張れー!!」
相も変わらず手を振って騒ぐベルベルと、飽きちゃったらしいピヨコ。
………完全に水を差されてちょっと恥ずかしいが、話を続けよう。
俺は咳払いをして、
「しかし! 『瞬間移動』が出来るのであれば開始直後に俺の背後に回って攻撃すればいい………が、貴様はそうしなかった。そして俺の雷撃を受けたにも関わらず瞬時に動けるはずがない。加えて俺の爆裂魔法を避けなかったことからも、貴様が別の『スキル』を有していると考えることが出来る。では何の『スキル』か? 確かに聞こえた声、そして魔法が当たった手応え………俺はすぐに『分身』を思いついた」
歩み寄ってシバを見下ろし、
「貴様の魔力は見たところ一万かそこらだろう? 俺の数値を知っている貴様は早々に煙幕とスキルで俺に近づき、短期決戦を仕掛けた。でも貴様は俺の結界を破れず、そして貴様はこう考えた―――『結界が無くなった瞬間を狙おう』と。割れないのに俺の結界に攻撃をし続けたのは、おそらく俺の電撃を受けた分身が活動を再開し、俺の背後に回るのを待っていたのだろう? そして貴様は消耗した姿を晒し、油断させたところを攻撃しようとして、見事に俺に防がれてしまったワケだ」
「どうしてだ………どうしてだァ!!!」
地に屈しながらも俺を睨みつけるシバ。
それを見下ろしたまま、
「『どうして顔を攻撃することがバレたのか?』か? それはお前が執拗に顔面顔面と言っていた上、俺を攻撃する時は毎回叫んだりして俺の注意を引いていたからな? 当然顔に来るだろうと、割れた結界魔法を解除せず、集めた魔力の盾を忍ばせて」
「そうじゃねえ!! 」
シバは俺の話を遮るように叫び、地面を殴りつける。
「そこまで分かってるならさっさと結界張り直して、私をデカい魔法でブっ倒せば良かっただろうがァ!? なんでそうしなかったァ!?」
なんでだと?
ザコだのカスだの言ってくる二十かそこらのガキの幼稚な策略を、徹底的に看破して自信喪失させてやる為に決まってるだろうが!
がははは! それで良い! お前みたいな奴はポッキリ折れてしまえ! バ~カザーコ!!
と、言いたいところだがピヨコ達の教育に良くない。
適当にソレっぽく取り繕おう。
「貴様のような弱いガキ、その気になればいつだって」
「ふぇ?………ガ、キ?」
理性無き獣のような表情をしていたシバが突如素っ頓狂な声を漏らす。
確かに俺の見た目でこいつをガキと呼ぶのは違和感もあるか?
それじゃあ弱過ぎて子供みたいだ、っていう意味にしよう。
「そうだ。貴様は稚児も同然だ。俺ならいつだって」
「分からせられる?」
わからせられる?
こいつは俺の言葉を遮ってまで一体何を言いたいんだ?
………まあ俺に敵わないことを分からせる、という意味では間違っちゃいないか。
「よく分かっているじゃないか。俺は貴様のようなガキ、いつでも分からせてやることが出来る!」
ふふ、召喚者シバよ。俯いて声も出せないらし―――
「………た」
―――ん?
シバが何か言ったぞ?
「子供扱いされちゃったぁ………! それにぃ、いつでも分からせるって言われちゃったぁ………!」
んん?
なんでこいつは恍惚としてるんだ?
「子供ならぁ、まだしててもいいよねぇ? このおじさ………いやおにいさん、かなぁ………? クスクスっ! おにいさんならバカにしてもぉ、分からせてくれるからぁ、いい、よねぇ?」
こわっ!なんだこいつ!?
身体をくねらせてブツブツ言ってるぞ!?
なんかよく分からんが壊れちゃったみたいだ………。
うん。なんだか悪い予感がするし、関わらないほうがいい。
さっさと行こう。
「コリーさん! そろそろフェンリルの面接も終わる時間でしょう? 案内してください!」
「………え。あ! 分かりました! それではご案内しま―――!?」
少々戸惑っている様子のコリーだったが、持ち直して俺を導こうと歩き出した時、何やら見つけたような様子で、
「ギルドマスター!? どうしてこちらに? 面接をされているのでは!?」
ギルドの裏口から出てきた、いかにも苦労してそうな中老の男。
ギルドマスターと呼ばれた彼は俺の元まで歩み寄ると、朗らかな笑顔で、
「君があの犬………フェンリル君の飼い主かな?」
「はい………」
まさか呼びに来たのか?
はっ殊勝なことだ。
この様子だとフェンリルも期待出来るかもしれな
「不合格です」
「………え? フェンリルがですか? あー。まあ仕方無いですね! では次は私の番ってことですよね? それでは」
「いや、そうじゃなくて。えっとご、ごめんね? ほんと残念だけど」
「ん? どういうことです?」
「あ~! えっと、ブレイン君、そしてフェンリル君。『二人とも不合格』です。ごめんね?」
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