第四十二話 冒険者ギルド入会試験③


―――冒険者ギルド「ビッグホール」裏手:修練場


「なになに? 修練場にみんな集まって」


「お前遅えよ! 今日ギルドに来た魔力量二万越えの奴がシバさんと戦うんだよ!」


「二万!? ってああいつものアレ? シバさんの『可愛がり』」


「そうだ! だが間違いなく過去最強の挑戦者! これはひょっとするかもしれねえぞ!」


冒険者ギルドの裏にある土の広場―――冒険者に「修練場」と呼ばれる場所に三十人ほどの冒険者が集まり、戦いが始まるのを今か今かと待ち望む。


それら視線の中心にいるのは、俺と、少し距離を開けて立つ人間の女―――冒険者ギルドの受付:シバだ。


フェンリルが面接の為にギルドマスターの部屋に入るのを見送った後、それを待つ間にという名目で行われることになった模擬戦闘。

ただ模擬戦闘とは行っても何の制限もなく、決めごとといえば「相手を殺さない」ことぐらいなもので、世界一平和なケツタニアとはまるで思えない野蛮な催しだ。


最悪だ。人間の国で安寧生活の初日だぞ?

なんでいきなりこんな物騒な女と戦わなくちゃいけないんだ。


ただの模擬戦闘なら強めの魔法打ち込んで終わり。

そう思って軽い気持ちでギルドに来たのに、これはいくらなんでもあんまりだ。


茶髪を風に靡かせながら肩や首を回している俺の対戦相手:シバは、おそらく異世界召喚者―――つまり「この世界の規格を外れた」者。

異世界召喚者は文化の違いからか「頭がおかしい」と評されることも多いが、彼女らの最大の特徴は何と言ってもその強さだ。


異世界召喚者は戦闘において、二つの優位性を持つ。


一つ目がその魔力量。


この世界の住人は産まれた時から一定の魔力量を有し、鍛錬や成長によってその総量を増やしているが、成人した人間のおおよそは大体千程度だ。

二千を超えれば魔法使いを生業として生活でき、五千を超えれば大魔導士として尊敬の対象となるが、魔力量を増やすのは相当の年月を要する。


が、異世界召喚者達はそのほとんどがこの世界に辿り着いた時点で五千を超え、教えればすぐに魔法を使いこなせるようになる。

更には成長速度も極めて早く、日に日に成長する彼らを見て魔法使いの道を諦める者は後を絶たない。


そして二つ目が、彼らが「スキル」と呼ぶ特殊な技能だ。


彼らの「スキル」は個人によって全く異なる性質のものだが、そのほとんどがこの世界では「ありえない」作用を人や物に与える力とされている。

その全容はハッキリとしていないが、絵本にもなった「我慢のテツヤ」が魔人の攻撃を受けて「ンギモヂイイイイイ!!!」と叫んだ有名な逸話、あれも彼が持つ何らかの「スキル」によるものだという見方が強い。


痛みを快感に変える………どこにでも瞬間移動できる………何度でも生き返ることができる………。

真偽のほどが分からない話もあるが、そのような異常な力が召喚者全員に備わっている、と言われている。


魔国領の魔人が魔力と身体能力によって大きく劣る人間や亜人の領土を侵略出来なくなった最大の理由であり、また人間社会を著しく発展させた要因。


まさに人間が持つ最強兵器―――それが彼女ら異世界召喚者だ。


「早くやろうぜェ!!! なあ!!! こいつの顔面をブン殴りたくて仕方ねえよォ!!!」


待ちきれない様子のシバがそう言うと、立会人であるもう一人の受付:コリーがこちらに視線を向ける。


正直全然戦いたくない。

昨日魔王軍の最高戦力達とあれだけ戦ったのに、今度は人間側の最高戦力?


もう勘弁してくれ。

ユカ・オナスナでもぶっぱなして逃げたいところだ。


だが、俺には達成せねばならない目的がある。

冒険準備金:二百ゴールド―――こいつとの戦闘を無事乗り越え、ギルドマスターとの面接を終え、金を手に入れなければならないのだ。


「頑張れブレイーン!」


「ブレインさまー! ピヨヨ~!」


それに、最前列で応援する二人の目もある。

今後一緒に生活していくことを考えると、負けてやるわけにはいかない。


そしてなにより、俺にこいつとの模擬戦闘を受けてやろうと思わせたのはコイツの態度だ!

俺の十分の一も生きてないようなガキにカスだのボケだの脱糞野郎だのと言われて黙っていられるか!


召喚者だろうが何だろうがケチョンケチョンにして分からせてやんよ!


俺は大きく息を吐いてから、コリーに向かって頷く。


「では、二人とも良いみたいなので。




………はじめ!」


「死ねコラァ!!!!」


コリーの開始の合図と同時に、シバが低い姿勢で距離を詰める。


魔法使いを相手取る時の常套手段。

彼女がいかにもな手甲を身につけていた時点で近接格闘を得意とすることは当然予測している。


タウロスを相手にした時のように地面を柔らかくして動きを止めるか?

いや、あの時とは違って魔力も十分。


早速ブっ飛ばしてやろう。


上級氷結魔法―――


「―――『バリサ・ブイヤンケ』!!!」


シバへ向け、直線状の猛烈な吹雪を放つ。

この速度とこの距離だ。

回避は不可能!

さあどう防ぐ!?


「いきなりすげえ魔法だあ!!!」


「重力に続いて今度は氷の古代魔法………! 適正属性:雷って言ってたよな?」


冒険者達は初めて見る魔法らしい。

ふん。適正属性などただの覚えやすさに過ぎん。

そんなもの長年魔法を研鑽した俺にとっては些細な差だ。


「オラァアアア!!!」


直撃の刹那、右の拳を振りかぶったシバの咆哮。

そして拳が眩い光を放つと、そのまま俺の魔法を殴りつけ、


「―――『インパクト』!!!!」


何らかの魔法の詠唱が聞こえた直後、シバの右拳が吹雪の光線を受け止め、衝突点を中心とした衝撃が烈風となって周囲を襲う。


「うおっすげえ風ッ!! あの魔法を拳で止めてるぞ!?」


「さすがはシバさんの『インパクト』!! マグマタートルの甲羅を一撃で叩き割る最強の一撃だぜ!!」


おそらく魔力を込めただけの殴打。魔法なんて上等なものじゃない。

魔国領でも鬼魔人やゴリラ魔人などの、肉体と魔力を兼ね備えた種族が同じような技を使っていた。


だが若い女の細腕にも関わらず、魔人と同等、いや以上の威力。

相当に高い魔力が込められているようだ。

俺の上級魔法を止めるとは、さすがは召喚者といったところか?


がしかし!

この「バリサ・ブイヤンケ」は氷結の魔法!

拳で止めるなど愚かにもほどがある!!


「古代魔法もなんのその!! このまま押し返して………ってなんだ?」


「アレは………身体が凍り始めているッ!?」


魔力を込めた拳は無事だろう。

だが氷結魔法の至近にある身体は次第に冷気に蝕まれ、ほどなくして自由が利かなくなる!


「………こん、なもんでェ!! 止まるワケねえだろうがアアアア!!!―――『ライジング』ウウウウッ!!!!」


シバは追加で呪文の詠唱。身体強化の魔法だろう。


全身が光に覆われ、氷を融かして蒸気が立ち上る。

すると拳を覆う光が大きくなり―――


「死ねオラアアアアアアアア!!!!」


―――圧力に打ち勝った拳が振り切られ、氷結魔法は着弾部から破裂するように霧散していく。

そして魔法が全てかき消された後、鋭い拳圧が俺のかざした手を後方に弾く。


初めの攻防が終わり、数秒の静寂。

そして破裂するように歓声が上がる。


「すっげええええ!!! 見たか今の!!?」


「ああ! シバさんの『可愛がり』が一方的じゃないのを初めて見たぜ! それどころかあのブレインとかいう男が押してるんじゃねえか?」


「ブレインすごーい! 頑張れー! こっち見てー!」


「ピヨー!」


ピヨコとベルベルがすごい手を振ってる。

恥ずかしいけど返してやるか。


「わー!こっち見たー! ブレイーン!」


「ピヨピッピ―! ブレインさま~!」


あいつら凄い楽しんでるな?

まあ興味なさそうにしてるよりはいいか?


「おいクソガキがクソコラア!! なによそ見してンだア!? ぶっ殺してやるアア!!!」


シバが再度距離を詰める。

が、簡単には近づけないと理解したようで、走りながら地面に触れ、


「―――『グランドクラップ』!!!」


俺の直下を起点にした二枚の土壁が現れ、俺を挟みこむように立ち上がる。


鋼鎧魔法―――


「―――『カチカチヤン・フィールド』!!!」


物理的な攻撃に対して抜群の防御力を誇る球状結界を展開する。

土壁は結界に阻まれ、自らの圧力で自壊。

崩れた拍子に土煙が視界を奪う。


これはただの足止め………。

おそらくこの間に近づき、さきほどの殴打へ繋ぐ布石!


そうはさせない。

どこから来る? 正面?右?左?


「これで死ねザコカスがああ!!!」


声が左から………!


はっ! ザコはどっちだバカが!

自分で居場所を知らせてどうする!

痺れて動けなくしてやる!


風雷魔法―――


「―――『シンデシモタ』!!!」


声のした左へ向けて雷撃を放つ。


「こっちだバアアアアカッ!!!」


「なっ!?」


今度は右から声!?


俺は急いで右を振り返る。

すると、既に土煙から顔を出したシバが右拳を振り上げていて、


「―――『インパクト』オラアアアア!!!!」


「ぐっ―――!」


魔法による迎撃が間に合わず、魔力の込められた拳が結界に着弾。

咄嗟に結界の魔力量を上げて拳の圧力に抵抗する。


「これで終わりじゃねえぞコラア!!!」


シバは右拳を結界に殴りつけたまま、今度は左手に魔力を込める。

そして拳を入れ替えるように、


「―――『インパクト』ォ!!!」


左の拳を結界に叩き込む。


「まだまだアアア!!!!『インパクト』『インパクト』『インパクト』『インパクト』『インパクト』オオオオオッ!!!!」


右と左、両の拳を交互に殴りつける。

結界にまず小さなヒビが入り、それは大きな亀裂となって全体に広がっていく。


マズイ!このままじゃ割られる!

この拳の威力、一撃でも食らえば終わりだ!


右手で結界を維持しつつ姿勢を下げ、左手で地面に触れ、


上級爆裂魔法―――


「―――『グッワアア』!!!」


「グ―――ッワああ!!」


シバ直下の地面が捲りあがり、中から猛烈な爆発。

直撃を受けたシバは中空に投げ出され、俺は結界を割られながらもなんとか爆発を凌ぎ、その間に土煙から抜けて視界を確保。


すると丁度吹いた風が土煙をかき消し、土まみれで片膝をつくシバの姿が露になる。


猛攻を受けたものの結局無傷の俺。

一方のシバは相当消耗しているのが見て取れる。


状況は俺の完全な優勢、それはこの場にいる誰もがそう感じているだろう。

だが、


「はっ! わたしの勝ちだザコがあああ!!!」


「―――!?」


獰猛な笑みを浮かべるシバがそう叫んだ直後。

突如後ろから右肩を強く引かれ、俺は背後を振り返る。


すると―――



「―――『インパクト』!!!」



―――いるはずのないシバの拳が、視界を覆っていた。

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