第四十話 冒険者ギルド入会試験①
「テメエ何肩で風切って歩いてんだア!! イキってんの!? オイ!? ちょっと魔法出来っからってイキり散らしてんのかアあン!? ブチ殺すぞクソガキィ!!!」
「こわっ」
冒険者ギルド「ビッグホール」の受付嬢―――シバ。
真っすぐな茶髪を肩まで伸ばした一見穏やかそうな美女は、口を開けばそれはもう凶悪な表情で人をコキ下ろす怖い人だった。
近づいてみると耳にそれは凄い量のピアスを付けているし、両手には受付に必要無いはずの手甲を、それも拳の部分に無数の棘がついた禍々しい手甲を装備していた。
ヤバい人じゃん。なんでこんなキレてるの?
なんでこんな人受付にしてるの?
一番野蛮じゃん!鬼魔人でも初対面でこんな荒れてる人いなかったよ?
「ごはん食べにきたピヨ~」
「あン!? クソ鳥オメエと喋ってねンだよ!? テメエみてえなモンはそこらの土でも掘り返して芋虫でも摘まんでろやア!!! 」
「ピエエエエエエん!!!」
あーピヨコ泣いちゃった。
こうなるとベルベルが………、
「ピヨちゃんを泣かしたなー! バカ! 嫌い!!」
「ア? 言葉に気ィつけろクソガキ!! すり潰して挽肉にしてやろうかア!? こっち来いよオラ!! 来いよオラアアア!!!」
「う………ブレイン~!」
魔人にも全く物怖じしなかったベルベルも流石に怖いようで、涙目で俺に縋りつく。
かくゆう俺も、ブチギレた時のサキュバスを思わせる口調に身体が拒否反応を起こしていて、言い返すことなんか出来ず、
「あ、あの………入会試験をう、うけに」
「もっとデケえ声で喋れよ? キ〇タマついてんのか? ぶっ殺すぞ?」
「こわっ」
俺は助けを求めて後ろを振り返る。
すると後ろにいたはずの斧の男はいつの間にか席に戻っていて、絶対にこちらを見ない、といった様子で食事を続けている。
他の冒険者達も同様で、俺と目が合っても俯いてしまう。
―――逃げ出したい。
そんな思いが心を満たす中、
「エリカちゃん! だからそんな言葉遣いじゃダメって言ったじゃない!」
受付右側に立つ黒髪犬耳の亜人から助け舟。
「ンだよいいだろ別によォ! こいつらがイキってっからちょっと脅かしてやっただけだろうが!」
悪びれもせずそう答えた「シバ」やら「エリカ」やらと呼ばれる女に「もう!」と口を尖らせた犬耳の女がこちらへ向き直り、
「オシリアナ冒険者ギルド『ビッグホール』へようこそ! 私は受付のコリーと言います! 宜しくお願いしますねブレインさん!」
「あ、お願いします」
良かったー!
コリーと名乗る犬亜人の受付嬢は、どうやら普通の人らしい。
軽くウェーブのかかった黒い長髪とにこやかな印象の細い目元。
上品で話しやすい女性だ。
俺は強く安堵を覚えながら小さく会釈する。
「はい! 入会試験をご希望、ということでよろしいですか?」
「はい。お願いします。あ、あと後ろの二人も受けたいです」
「分かりました! それではこちらの書面をよく読んで頂いて、内容宜しければ名前をご記入ください………ってえ!? その、ワンちゃんもですか?」
あっ、いけない。「二人」とか言っちゃった。
フェンリルを犬として紹介しておきながら人として扱ってしまっている。
我ながら不注意なことだが、だってしょうがないじゃないか。昨日まで警備兵長だったもん。
とはいえフェンリルの運動能力は高く、魔力もそれなりにある為、試験を受けさせないのは非常に勿体無い。
ここは押し通そう。
「はい………そうですが?」
俺がさも当たり前かのように振舞ってみせると、コリーの笑みが少し乱れる。
「あの………冒険者ギルドに入会出来るのは人のみです。ワンちゃんはちょっと」
「でも賢いですよ? 二足歩行だし、限りなく人に近い犬ですよ?」
「それは魔人………ってことですか?」
「いえ、犬です。でも賢くて二足歩行で、冒険者にだってなれるくらい強いんです。あと可愛い。犬嫌いですか?」
「かわ………いい? いえ好みの問題ではなく………うーん」
コリーが悩んでいると、しびれを切らしたらしいシバが手甲で覆われた拳をぶつけ合いながら、
「グダグダやってねえで早くやろうぜウザってえ!! 受けさせてやりゃあいいじゃねえか!?」
「でも………ギルドマスターがなんて言うか」
「あんなジジイどうとでもなンだろ! さっさとやろうぜ!!!」
少々黙り込んだコリーだったが、「まあいいか」と小さく呟いた後、
「今回は特別に許可します。ではこちらの書面をご確認いただき、内容宜しければ下の欄に記名をお願いします」
何やら含みのある様子なのが気がかりだが、試験さえ出来ればこっちのものだ。
俺は三枚の書面を受け取り、二人に書面を……と思ったが、こいつら名前書けないだろうな。
俺が読んで名前も書いてやるか。
俺は書面の内容を確認する。
内容は、試験中のケガは自己責任とか、試験内容は場合によって変更になる、とかだ。
うーん。この二人と接した後だからか嫌な気しかしないな?
でもまあ大丈夫か! この二人ならケガなんてそうしないだろうし、なんかあったら俺が治してやる。
俺はピヨコとフェンリルの分も記名し、コリーに手渡す。
すると、名前をざっと確認して判を押したコリーが、
「はい! それではこれからオシリアナ冒険者ギルド『ビッグホール』入会試験を始めます! 初めは魔法適正検査なので、ちょっと取ってきますね?」
コリーはカウンター裏の部屋に入ると、一分ほどでワゴンを押しながら戻ってくる。
ワゴンの上に置かれているのは、一つの植木鉢に咲く一輪の黄色い花。
「お待たせしました。この花の魔獣『ファンシーパンジー』に手をかざしてください。ではまずブレインさんからお願いします」
「花だー! でも顔があるぞ! ふふっ! 可愛いね!」
―――花の魔獣「ファンシーパンジー」
花の中心に子供の絵みたいなニコニコ顔がついた魔獣だ。
こいつらは近くにいる生物の魔力を感じ取り、表情で適正属性を、鳴き声で量を教えてくれる珍妙だが有用な生き物。
戦闘力は皆無で動くことも出来ない為、凶悪な魔獣の多い魔国領には居なかった。
「おっ!始まるみてえだぞ!」
「さてさてどんな数字が出るか~?」
俺が花の前に立つと、酒場の冒険者共は食事の手を止め、注目する。
彼らにとって受験者の魔力数値は良い見世物のようだ。
「ブレイン頑張れー!」
俺はベルベルの声援を受けながら、ニコニコと笑うファンシーパンジーに手をかざす。
すると、ファンシーパンジーの顔が見てられないほど険しい表情になり、
「ギッ! ギギィ!!! ニ………ッ! ニマンニセン………ッ!!」
ファンシーパンジーはそう叫ぶと、肩(?)で息をしながら葉っぱで顔を拭う。
「に、二万二千!?? こりゃあすげえぞ!!!」
「今期の一位は『冷酷』チルチラの一万二百………! はっ! 大幅に塗り替えやがったな!」
「ああ! 歴代記録でも………召喚者『一日三食のリョウコ』に次いで六位! 召喚者とその一族を除けば二位の記録だ!!」
二万二千か。
召喚者を入れて六位は上々。
しかし召喚者の血が入ってない人間や亜人で俺よりも数字を出した奴がいるのか。
「はっ! 魔力量がたけえからって調子乗んなよカス死ねコラ」
「こわっ」
まあいい。別にもう戦うつもりなんて無いしな。
魔法なんて日常を便利にしてくれさえすれば十分だ。
コリーが用紙に数値を記録した後、
「はい! 魔力量二万二千、適正属性は………雷ですね! では次はワンちゃ………フェンリル、さん! お願いします」
「すごーい! あ! フーちゃん呼ばれたよ! ほら、手出して!」
「あぱー?」
「そう! 賢いなー! よーしよし!」
「あぱあぱ」
フェンリルはベルベルに付き添われながら、ファンシーパンジーにウンチを握っていない方の手をかざす。
するとファンシーパンジーがフェンリルのような―――ベロを出したアホの顔をして、
「せんはっぴゃくぅ~」
間の抜けた鳴き声を響かせると、肩(?)で息をしながら顔を拭う。
「えっ………俺犬に負けたんだけど? てか犬? 」
「………まああんま気にすんなよ? てか犬? 」
またフェンリルが犬ではない疑惑が出ているな。
少しフォローしておくか。
「さっすがは魔国領近くの山岳地帯で育った犬だ! 犬なのによく頑張ったな! 犬記録なら絶対に一位だぞ!」
俺が全員に聞こえるように犬を連呼するが―――
「やっぱり魔人なのよ! あの猛りオス棒を隠している黒いのをとったら分かるわ! だからどうにかして取りましょうよ!? あの憎きオス棒隠しを!」
「きっとえっぐい奴をキメて頭パーになっちゃったんだわ! 絶対に魔人よ!」
フェンリルを魔人だと主張し始める者も現れ、またも騒がしくなる。
すると、コリーがわざとらしく咳払いをして、
「はい! 魔力量は千八百、適正属性は………『犬』ですね!」
「フーちゃんもすごーい!」
「あーぱー!」
属性:犬!?
そんなのあった!?
俺が知らない間に出来たのか!?
「犬かー。だったら犬だな」
「犬ならオス棒を見る必要は無いわね」
でも冒険者達はフェンリルは犬、ということで納得した様子。
釈然としないが、まあいいか。
どうせこいつ魔法詠唱出来ないし、させる気も無い。
属性なんてどうでもいい。
………属性:犬って何?
「次はピヨコさん! お願いします」
「ピヨちゃん頑張れー!」
「ピヨ~! なにか分かんないけど頑張るピヨー!」
ピヨコは理解していないくせに自信に満ち溢れた表情で花の前に立つ。
「おっ! 大本命だ! 魔人の魔力測定なんて初めて見るぜ!」
「魔人は五千超えがザラにいるって噂だからな。アホそうに見えるが実は………ってのがあるかもしれねえな!」
冒険者達に一挙手一投足を注視される中、
「手を出して力を込めてください」
とコリーに言われ、ピヨコは小さな羽をかざす。
「ピヨ―ッ!!!」
「………にッ!」
ファンシーパンジーはニコニコしたまま、短く鳴いた。
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