第三十九話 冒険者ギルドへようこそ


「ついたぞ!!」


「おっきい建物だなー!」


「なんかいい匂いがするピヨねー」


「あぱー」


冒険者ギルド―――南中央路に接道し、南門と王城のちょうど真ん中あたりに位置する一際大きな建物。

レンガ造の重厚な外装の表に、デカデカと「冒険者ギルド『ビッグホール』」と書かれた看板を掲げており、剣や槍、杖などを装備した人々が出入りしている。


昔は「肛門冒険隊」という名前の、小汚い酒場、といった様子の建物だったが、今は三階建ての立派な佇まいをしている。

魔国領統一戦争によって住処を追われた魔獣達がどんどん人間の国へ流れたらしいから、おそらくそれなりに儲かっているのだろう。


もしかしたら冒険準備金の額も上がっているかもしれない、そう期待に胸を膨らませながらドアを押す。


「わー! 人がいっぱいピヨ~! あーっ! ごはん食べてるピヨ! 見てブレイン様! ごはん! ごはんピヨ~!」


「そうだねピヨコ。試験のあとで食べれるからちょっと我慢してね」


「あぱー! あぱちあぱち! あーぱんあーぱん!」


「うん………。何言ってっか全然わかんねえや。大人しくしてね」


騒ぐピヨコ達を諫めながら、内観を見渡す。


どうやら一階は酒場兼受付になっているようで、百人は収容できるであろう座席を備えた広いホールで多くの冒険者達が朝食を楽しんでいる。

甲冑やローブ、軽装鎧、パンイチ………冒険者はそれぞれの恰好をしているが、皆武器を携えており、そして人間や亜人にしてはそれなりの魔力を持っているようだ。


斧を背負った大熊のような体躯の男が、

「……っか~! 起き抜けのビクビールは効くぜぇ!! これぞ冒険者の朝!って感じだよなぁ!」


その男と席を共にする耳長亜人の男が、

「お前依頼前に酒なんて飲みやがって! 絶対しくじるなよ? 今日はあの『ぷっくり徳利』の捕獲依頼なんだからな!? もっと気を引き締めろよ!」


同様のローブの男が、

「貴様ら落ち着け。食事がマズくなる」


冒険者達はああやってパーティを組み、酒場左奥に掲示された依頼書を中央奥の受付に提示して討伐などの依頼を受け、その報酬で生計を立てている。

装備からしてそれなりに羽振りが良いパーティもいるようだが、見るからに苦労している小汚い連中もちらほら。

だが収入に関係なく粗暴そうな奴、冷静な奴、変わってる奴………そんな者共が特技を生かして金を稼ぐのが冒険者ギルド―――そこは変わっていないらしい。


かくゆう俺もかつて冒険者をしていた時期があった。

魔法使いとしてそれなりに活躍していたから冒険者の豪快な生活ぶりも知っている。

今の俺の実力であれば大抵の討伐依頼なら達成し、大金を得ることも可能だろう。


―――が! 俺は別に冒険者として生きていくつもりはない!


何十年も魔国領で戦争していたからもう戦いはうんざりしているし、今は戦闘能力の無いベルベルと一緒だ。

ここへ来たのはあくまで冒険準備金という即金目当てであり、それで数日凌ぐ間に仕事を見つけて平和に暮らすんだ。


だからこんな野蛮な連中に用は無い。

さっさと金を貰って食事にでも行こう。


「行くぞ」


騒がしく食事する野蛮連中が俺達に気付かない間に、そそくさと受付に向かう。


が、ピヨコが斧の男達に、


「おっちゃんそれ何食べてるピヨ~?」


「ん? これは『熊タコ』の足をペッパーと塩をバカみたいにぶっかけて焼いたヤツでバカみてえに酒に合うんだ! オメエみてえなガキが食えるようなもんじゃ………ってうわあ!? 魔獣!? 魔鳥デカチキン!?」


「うお!? で、でもこいつ喋ってるぞ? 魔人なんじゃねえか?」


「ピヨコはピヨコピヨ」


「ぴ、よこ……? でもすっげえアホそうだぞ? ホントに魔人か?」


「魔人と魔獣の区別は『二足歩行』と『会話』が可能かどうか………おそらく魔人、だが知性をあまり感じない………ッ! 俺の推測が正しければ、こいつは人の言葉の真似をする鳥の魔獣だッ!!」


そして一方、いつの間にかフェンリルが魔法使いであろうローブの女衆が座る席に近づいていて、


「あぱー」


「ん? あら可愛いワンちゃん………ってデカ!? 魔人!?」


「きゃあああ!!! しかも全裸よ! 魔人の猛り狂ったオス棒が………って真っ黒で何も見えないわ!? 何これ!? 何で見えないのよぉ!?」


「目もイっちゃってるわ!? ガンギマリよ!? 何かをキメてるに違いないわ! ガンギマリ全裸魔人よ!!! いやああああ!!!」


「あぱーちー」


「え!? な、なに!? 何かくれるの!? まさかク〇リ!? くっ断りたいけど怖すぎて無理だわ………ってウンチじゃん汚ねえ!!!」


するとどんどん騒ぎが大きくなり、冒険前といった様子の活気ある酒場の空気が一変。


「デ、デカチキンじゃあああ!!!」


「うわあ!!! デカチキンに尻を舐められて以来デカチキンに恐怖心を覚えるデル爺が倒れたぞお!?」


「くっ………大イモ犬にやられた傷が疼きやがる………ッ! 危険な匂いがぷんぷんしやがるぜ!」


「大イモ犬を撫でようとして指を噛まれたドンボイの兄貴が警戒している………つまりヤツは犬の魔獣! 野郎ども!! 気をつけろ!!!」


その場にいた三十人以上の冒険者の不安と警戒の視線。

中には武器に手をかけている奴らもいて、一発触発の雰囲気が充満する。


やっべえええええ!!


善王の政策で魔人に対する考えも変わっていると聞いていたが全然じゃん!

戦いばかりで頭の足らない冒険者共にとっては魔獣との区別もつかないのか!?


いや、おそらくピヨコとフェンリルがあまりにも知性を感じない顔をしているからだな。

うん。これは完全にこっちが悪いわ。


はあ………。

これからどこに行ってもこんな扱いなんだろうか?

面倒になってきたな。


嫌々ながらもその場を収めようとした時、


「ピヨちゃんとフーちゃんに酷いこと言うなー!!!」


一足早くベルベルが口を開く。

酒場に似つかわしくない少女の可愛らしい怒号に、冒険者達は呆気に取られた様子で沈黙する。


「ピヨちゃんもフーちゃんもいい子なのに! ここは悪いヤツばっかりだ! みんな嫌い!!!」


「お、お嬢ちゃんどうした? ここはガキのくるところじゃ」


「うるさいバカ! ピヨちゃんとフーちゃんに謝れ!」


「バ、バカってお前………」


「謝れ!!!」


ベルベルは三倍はあろう図体の斧の男に一歩も引かず、謝罪を迫る。

これはマズイな。ベルベルがケガでもさせられたら入会試験どころでは無くなる。


少しこいつらに話を聞いてもらおうか。


重力魔法―――


「わ、わかったよお嬢ちゃん。すまねえ早とちりしちまt」


「―――『オモス・ギヤロ』」


「「「「―――!?」」」」


斧の男が何か言おうとしていたみたいだが、ちょっと遅かった。

俺の重力魔法により、その場にいた冒険者全員がテーブルや床に押し付けられ、身動きがとれずに苦悶の声を漏らす。


「すみませんお騒がせして。私はブレインと申します。この子はベルベル。そこにいるふわふわはヒヨコ魔人のピヨコ。私の仲間です。可愛いでしょ?」


「―――か、かわ………いい?」


「そしてそこの黒い毛並みはフェンリル。犬です」


「あぱあぱ」


「―――い、ぬ?」


「犬です」


重力に押し付けられながらも中々理解してくれていない様子だが、俺は言葉を続ける。


「二人とも至って無害。可愛いだけの生き物ですのでどうか愛でてあげてください。 ちなみにちゃんと入場許可を貰っているのでご安心を。斧を持ったそこの貴方も早く謝ってください」


「いやだからさっき謝ろうと………」


「謝れ! ピヨちゃんとフーちゃんに謝れ!」


「………ご、ごめんなさい」


「よし!」


斧の男の謝罪に頷くベルベルを見て、魔法を解除。

すると、未だ困惑したままの様子の冒険者達が口々に、


「ワンちゃん………だったのね? ごめんなさいね?」


「あぱあぱ」


「で、でもどう見ても犬には………まあいいか」


「ま、魔人か………。俺初めて見たよ」


「俺も………王都にも数人いるらしいけど会ったことねえしな」


「それよりも今の魔法………聞いたこと無い名前だったぞ? 重力系みたいだが」


「オモス・ギヤロ………たしか古代魔法の本に似たような名前があったような」


「まさかあの若さで古代魔法の使い手か!? それに『ブレイン』だってよ」


「ああ。どうやら騒がしくなりそうだぜ………!」


俺はその間にピヨコ達を呼び戻し、受付に行こうと歩き出すと、斧の男に呼び止められる。


「黒髪の兄ちゃん………アンタ相当魔法が使えるみてえだが見ねえ顔だ。 変わった連中も連れてるし………もしかして召喚者か?」


召喚者と間違えられるのはもう懲り懲りだ。

はっきりと訂正しておこう。


「いえ、この世界の住人ですよ。四人で旅をしてまして、ここにはイボジの村から来ました」


「ほう。それなのにその若さであの魔法………大したもんだ! ここに来たってこたあ、冒険者をやるつもりか?」


入会の即金目当てで、冒険者をやるつもりなんて更々ないが、ここは同意しておく。

俺が頷くと、斧の男は豪快に笑って受付に振り返り、


「シバさん! 見たかよさっきの魔法! それに魔人も連れてやがる! 待望の大型ルーキーのお出ましだぜこりゃあ!!!」


すると、受付カウンターに立つ二人の女性のうち、左のいかにも優しそうな茶髪の人間が、穏やかに笑う。


彼女らはとても整った容姿をしていて、それでいて肩の出た白いブラウスを着ている。

昔は受付なんて荒っぽい元冒険者の強いババアがやっていたが、平和になって面の良い女を雇用するようになったらしい。

まあ野蛮な連中にとっちゃ張り切る要因の一つにでもなりえるのだろう。


ふん。それにしても俺の力を見せたのは妙手だった。

受付のあの表情、もはや「試験なんていらないのですぐに入会してください~」とでも言いそうだ。

俺は軽い足取りで受付の前まで歩み寄る。


そして、シバと呼ばれた受付が口を開く。


が、遠目の印象とは打って変わって、突然凶悪で好戦的な表情に変わり―――


「戦うしか能の無えバカカス共の肥溜めにィ!!! 何の用だボケカスコラアアアア!!!! 死ねバカお前!!!」


―――酷い暴言をぶち撒けてきた。





「こわっ」

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