第三十八話 異常家族②


「まぶしっ」


分厚い壁をくりぬいた門を抜けると、久しぶりの日光が疲れが取れていない身体を温める。


魔王のチ〇ポ叩きから始まった長い一日が明け、遂に俺の新生活がここ王都オシリアナで始まるのだ。


二、三度目を強く瞑っては開け、眩しい朝の光に目を慣らすと、かつて暮らした街並みの今の姿が現れる。


この王都オシリアナは、環状都市とも呼ばれ、王城を中心とした都市形成が成されている。

東西南北の大門から真っすぐ伸びた中央道は幾重にも重ねられた環状道路によって繋がれており、それら主要道路を中心に住民の生活が営まれている。


ここ南大門から城壁へ向けて伸びる南中央道は石畳が整然と並べられた幅広の道路で、多くの馬車や通行人が行き交う。

両脇には数々の商店が立ち並び、手前は日用品や一般食品の類を扱う店舗、奥に行くにつれて嗜好品などの高級店が構えている。

中央道から少し中に入ると住民が暮らすレンガ造の戸建住宅や集合住宅が、それらも王城に近づくにつれ高い品質の住宅となっていく。


善王による身分制の撤廃があったとはいえ、王城に近づくにつれて収入が高い者が暮らすような都市形成となっているのは昔と変わらないらしい。

が、ここは南の端だというのに、見る限り浮浪者も廃墟も見当たらず、それなりの清潔感を備えている。


王都を南北に両断する大河川:カウパ川の南側は比較的貧困層が多く、中でもここ南端はスラム街だったはずだが、長く続く平和と善王の貧民救済がこの地区を住みやすい町に変えたようだ。


昔の面影は感じつつも、「あるもの全てが小奇麗に整えられた」といったところか。

あのオケッツァ国王が一代でここまでした訳ではないだろうが、なるほどさすがは「善王」と呼ばれることはある。


不幸によって記憶を失うことになるとはなんとも惜しいことであるが、きっと彼の民を思う心は失われることはないだろう。知らんけど。



「わー! すごい人だなー!」


「あぱ~い!」


「なんだかいい匂いがするピヨね~」


三人は初めて見る王都に目を輝かせ、きょろきょろと辺りを見渡している。

田舎者丸出しだが、もうこの歳になれば恥ずかしくもなんともない。

騒ぎを起こさないなら好きにやってくれていいよ。


「あぱ~」


そう思った途端、フェンリルが勢いよく走り出す。


「ちょっ! どこ行くの!?」


「ふーちゃん走ったら危ないぞー!」


俺とベルベルはフェンリルを急いで追いかけるが、さすが狼魔人とあってかなり速い。


「え!? あれ見て! おっきな犬が二足歩行で走ってるわ~!! かわい……くないわね!? 何アレホントに犬!? もの凄い健脚よ!?」


「待って!? あれ魔人じゃない!? 何も履いてないけど、きっと魔人!! 露出狂の魔人よ! 衛兵さん呼ばなきゃ!!!」


買い物中の奥さん連中がすっぽんぽんで走るフェンリルを見て騒がしくなる。


早速じゃん。

とりあえず騒ぎを収めよう。


「コラー! フェンリル! ちゃんといい子にしてないとダメだろ!!!………あー奥さん方! うちの大型犬がすいませんね!!! ほんと元気で困っちゃいますよ~」


「あ……あー!そう! ワンちゃんだったのね! そうよね……! 王都を全裸の魔人が走ってるわけないものね!!」


「そ、そうよ!! ……でもさっき『あぱ~』って鳴いてたような。気のせいかしら?」


「気のせいよ。あぱーなんて鳴くわけ無いわ。犬は『ワン』か『イモ』の二択って相場が決まってるもの!」


道路脇の花壇の前で立ち止まり、土を掘り返し始めたフェンリル。

ようやく追いついた俺は呼吸を整えながら、


「ふぇ、フェンリル。お前いきなり走るなよ! 首輪つけるぞ………」


「あっぱあ!!!」


「………『あぱー』って言ってない?」


何かを掘り出したらしいフェンリルは両手でそれを大事そうに握りながら、満面の笑みでそれをこちらに差し出す。


「ん? 何か見つけたの? って何、俺にくれるの?」


「あっぱー!」


「ほら、やっぱ『あぱー』って言ってるわ」


大きく頷いたフェンリル。


なんだろう? 幼虫でも見つけたか?

正直あんま得意じゃないけど、この子なりの善意だし、受け取ってやるか。


俺が「はい」と両手を差し出すと、フェンリルは握りしめていたそれを大事そうに手に乗せる。


それは何か、固くてこげ茶色で―――


「―――うわウンチじゃん!? きたねえ!! 何で!?」


俺は思わず受け取ったウンチをフェンリルに投げ返す。


「ウンチ拾っちゃダメだよ!?? それに渡すのもダメ!! 何してんの!!?」


「あっぱっぱ!」


「笑ってる………!? ダメだ感情が分からん! でも何となくバカにされてる気がする! コラあ! 俺は怒ってるんだぞ!! 」


「あぱあぱー」


「ダメだ全然響いてねえ。っていうかこれ言葉通じてんのか?」


フェンリルの間抜けな表情は意思疎通が出来ているかすら分からず、これからの世話に不安を感じていた頃、ようやく追いついたベルベルが、


「はーはー………。だ、だめ~! 言うこと、ききな、さい~」


「ベルベル、ちょっと息整えようか。速かったよねごめんね?」


「………ふう~! はーはー。ふう~!」


この子体力全然無いな。

ちょっとした距離を走っただけなのに肩で息してふらっふらだ。


これから走る時はおぶってやったほうが良さそうかも?


「ん? そういえばピヨコはどこ行った?」


何故かついてきていないピヨコを探して辺りを見渡す。

すると………


「おっちゃん、プリンちょうだいピヨー!」


「え、魔人!? っていうかキミ鳥だよね!? プリン食べるの!? あとウチ魚屋だからプリンないよ!?」


「鳥じゃなくてボクはピヨコ! プリンが好きな二十歳ピヨ! いちごも好き! 魚はちょっと好き!」


「あーピヨコちゃんね……え二十歳!? 」


魚屋のおっちゃんを盛大に困らせていた。

俺はベルベルをおんぶし、フェンリルの手を引きながら、


「す~いませんっ! こらピヨコ! この人はお仕事してるんだから迷惑かけちゃダメだろ!! ほんとすいません!!」


「い、いや別にいいんだけど。他に客もいないし……。なんか大変そうだね兄ちゃん。頑張ってね」


「………がんばります」


苦笑いの魚屋の励ましに会釈して、空いた左手でピヨコの手を引く。


「あの人大変そー!」


「本当ねえ。パパさんかしら? 若いのに偉いわぁ!」


「変わった家族………家族か? 」


「オケッツァ様も仰ってたじゃない? 『家族とは血の繋がりにのみ生ずるものではない。互いを想う心に気付いた時そこに家族があるのだ』って! たぶんそういうことよ! 色んな事情があるのよ」


周囲の視線が好奇から同情に変わるのを肌で感じながら、俺はその場を足早に去った。


そして衆目の少ない路地に入り、ようやくベルベルを下ろし、地べたに座って息をつく。


「フェンリル、ピヨコ。お前ら勝手に動くな………! ほんと頼むから!」


「ごめんなさいピヨ」


「あぱ……」


二人ともすっごい落ち込んじゃった。

あーピヨコ目を潤ませないで!?

言いすぎてないよな俺!?


「………よし!反省したならいい!それじゃあこれからどうやって生きていくか! それを発表したいと思う!」


俺は沈んだ空気を変えるべく、大袈裟に手を叩いて見せる。


「どうやってって?」


「まず、俺達にはお金が全くありません! お金が無いとごはんも食べれないし、宿に泊まることも出来ません! だからお金を稼ぐ必要があります! ここまで分かった人!」


ベルベルだけが手を挙げる。


「うん。二人は脱落だね! 正直ここまではわかって欲しかったけどね! じゃあベルベル! 二人の分もしっかり聞いてね?」


「はーい!」


「いい返事だー! お金を稼ぐにはどうしたらいいと思う?」


「ピヨ…おもちを」


「働く!」


「そうだベルベル正解! ピヨコは答えようとするのが偉いね! でもたぶん違う! うん。働かないとお金は手に入りません!! でも一日働いただけじゃみんなが食べて泊まる分のお金は貰えません………」


俺が大袈裟に落ち込んで見せると、よくわかってないであろうピヨコ達も同様に落ち込む。

意味はどうせ分かっていないだろうに。


「でも大丈夫! 一つだけすぐにいっぱいお金を貰える方法があります!! 何だと思う?」


「う~ん」


「あぱ………。あっぱあ!?」


「難しいね! あとフェンリルはそのウンチ早く捨てなさいばっちいから。 ………お金をいっぱい貰う方法、それは冒険者ギルドに入会することです!」


「それ知ってるぞ! 魔獣と戦ったりしてお金を稼ぐ人達がいるところだ!」


「そう正解! 魔獣を倒したり、貴重な物を取ってきたり………そういう難しくて危ないことをする人達の集まりだ。そういう人達の仲間になるには、試験に合格する必要があるんだけど、もし合格したら冒険準備金として―――なんと二百ゴールドが貰えます! それだけあればひとまず五日は生きていけます! プリンでいえば大体百個は買える金額だ!」


「わー! 大金だ!」


「ピヨ~!! それは凄いピヨ!」


「それで、だ。 俺は当然合格するだろうが、もしピヨコやフェンリルも受かれば更に二百ゴールドずつ貰える! というわけで、ピヨコとフェンリルにも試験を受けて貰います! 二人ともいい?」


「わかったピヨ~」


「あぱあぱ」


絶対に分かってない………が、大丈夫だ。

俺が昔受けた時は魔法適正検査と試験官との実技試験だった。

ピヨコもフェンリルもアホだが魔人。丈夫で腕っぷしはあるからなんとかなるだろう。


「私も受けたいー!」


元気に手を挙げるベルベル。


一人だけ仲間外れにされたくない、ということなのだろうが、実技試験は模擬戦闘。

魔力も無ければ体力も無いベルベルには危なすぎる。


「危ないからベルベルは応援係!」


「えー! 分かった!」


素直で聞き分けが良い。

ピヨコやフェンリルもベルベルを見習ってくれ。


「というわけで、これから冒険者ギルドに行くぞ! ついてこいみんな!」


ひとまずの生活費を得る為、俺達は冒険者ギルドへ歩みを進める。


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