第三十七話 パー犬/国王オケッツァの欲望


「あぱぱ! あぱー!!!」


知性無き顔で知性無き声を発するのは、狼魔人の男―――フェンリル。

持前の責任感の強さと、その天性の嗅覚によって魔王城警備兵長に抜擢され、その期待に答え続けてきた優秀な男。


彼をこのようなパーにしてしまったのは、紛れもない俺の魔法「ブレイン・インパクト」だ。

俺の威嚇脱糞によって非常に不安定になっていた彼の心は、脳細胞をはちゃめちゃにされたたことでトドメを刺されてしまったのだろう。

フェンリルといいベルベルといい、ブレイン・インパクトは記憶を破壊する、という単純なものでは無いのかもしれないな。

これからは使用を控えたほうが良さそうだ。


しかしすまないフェンリル。

どうやら俺は君の尊厳を完全に奪ってしまったようだ。

でも安心してくれ。これからは俺がしっかり面倒見るからな。


「えー。彼は?」


「フェンリルっていう名前の………犬です」


パーになった魔人なんて、人間からしたら怖くて仕方がないだろう。

アホでデカい犬、とした方が後々楽かもしれない。


「犬!? 魔人じゃなくて!?」


「はい。魔国領にほど近い山岳地帯に生息する大型の犬でして………可愛いから連れてるんです。な?フェンリル?」


「あっぱ~」


「かわ………いい?」


その理性を全く感じないほどに緩みきった表情をひどく困惑した様子で見つめる二人の兵士。


「でも、鎧着てるし………どう見たって魔人じゃ」


「あー!紛らわしかったですよね!? 長旅なもんで野盗に襲われてケガしないように着せてたんですが、もう必要ないですね!すぐに脱がします!ピヨコ!フェンリルを下ろしてあげて!」


「分かったピヨー」


「あぱっ!?」


俺はフェンリルが身につけた鎧を脱がし、すっぽんぽんにする。

が、ちょっとおち〇ちんが立派すぎるな。魔人のおち〇ちんだ。

これを放り出して歩かせるのは、彼の尊厳という意味でも、魔人バレという意味でも良くない。


ここは魔法で隠してやろう。


暗黒魔法―――


「―――『クロヌリ』」


兵士達にバレないようピヨコに隠れながら、小声で魔法を発動する。

フェンリルのおち〇ちんを球状の暗黒物質に覆い隠す。


「あぱぱっ。あぱ~?」


フェンリルは見えなくなった自分のおち〇ちんを不思議がっている様子。

これは君の為なんだ。我慢してくれ。


兵士に向き直ってフェンリルを披露しながら、


「よし。これで大丈夫ですよね?」


「え、いや………なんで局部を隠してるんだ?」


「普通隠すでしょ? え? もしかしてアレですか? 犬だからって差別ですか? 善王が苦労して取り払った差別を、兵士のあなた方が蒸し返すおつもりで? ―――最低っ!!! この人でなしっ!!!」


「う、だが………」


「もしかして見たいってことですか? 犬のおち〇ちんに興奮する性癖でもお持ちで? ―――汚らわしいッ!!! この犬陰茎凝視男!!!」


「いぬいんけ―――ッ!? ち、違う! 俺はただ」


「も、もういいでしょう。見たところ害は無さそうですし………」


「ああ、そ、そうだな。よし、わかった。では王都への入場を認める。王都に入る者の名前の記録と顔写真が必要になる。詰所まで付いてこい」


そうして俺達は兵士について門の途中にある扉から詰所に入ると、大量の書類が山積みされた狭い部屋の一角の白い壁の前に案内される。

兵士は写真機―――魔法でレンズに映ったものを紙にそっくりそのまま描く四角い魔道具を構え、


「じゃあまずは人間のお前からだ。名は?」


俺はベルベルを起こして床に下ろし、白い壁の前に立つ。


「ブレインです。家名はありません」


「ブレイン、っと。はい………! ははっ、ブレインとは中々………、変な犬やヒヨコ魔人を連れてる人間にピッタリの名前だな!よし次は『フェニックス』のピヨコ!」


「またフェニックスって言ったピヨ~! おっちゃん良い人ピヨね~!」


「ありがとよ! ははっ! 本当に可愛く見えてきたぜ!………はい! 次はそのお嬢ちゃん!」


「ベルベル、あそこに立って名前言って。写真とるから」


「ん~?しゃ……し、ん?」


立ってはいるもののまだまどろみの中にいるベルベルは、目をこすりながらも白い壁の前に立つ。


「名前は?」


「ん。ベルベル……」


「ベルベルね………。はいっ!じゃあ写真撮るからこっち向いて!」


「ん? ―――わっ!?」


ベルベルは写真機が光ったことに驚いたようで、目をパチクリとさせながら辺りを見渡す。


「ごめんな嬢ちゃん。驚かせちゃったか?」


「い、いまのなんだー!?」


ベルベルはすぐさま俺に駆け寄って手を掴むと、まるで説明を求めるように俺の顔を見上げる。


「あれは写真って言って、ベルベルの顔を紙に移したんだけど………もしかして知らない?」


「うん……。びっくりしたー」


「そっか。でももう終わりだから。これでもう街に入れる………ってことでいいんですよね?」


「ああ構わねえよ。でも今入っても宿なんてどこも開いてねえぞ? 朝まで何する気だ?」


確かに兵士の言う通りだ。

まあ金を持っていないからどのみち宿は借りれないのだが。


雨も降ってないしその辺で野宿でもと考えていた時、兵士の一人が、


「嬢ちゃんを外で寝かせるわけにもいかないし、朝までここのソファ貸してやるよ!」


「え! いいんですか!?」


「まあ仕方ないからな! でも明日からは自分らで宿を探せよ?」


さすがは世界で最も平和な国。住んでる奴も平和ボケした優しい連中だ。


「ありがとうございます。………犬陰茎凝視男なんて言ってすみませんでした」


「おお。次言ったらしょっぴくから気をつけろよ?」


「はい」


「俺はここで事務仕事してるから、何かあったら言え」


「あぱー」


「おい! その犬のヨダレでソファ汚すなよ!?」


「見てみろベルベル。この写真の人すごい髪型だぞ」


「ホントだー!」


「飼い主! ちゃんと犬見とけ!あと勝手に書類見るな!」


「ごはんはあるピヨ?」


「宿じゃねえんだ。あるわけないだろ。早く寝ろフェニックス!」


「あ!フェニックスって、また! ふふふ! 歌います! ピヨピ~ヨ~は~!」


「なんで歌うの!? 黙って!? 追い出すよ!?」


こうして、俺達は優しい門兵の詰所でひとしきり騒いだ後、ようやく激動の一日に幕を下ろした。



※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※



―――オシリアナ城別館:医務室


「ん………」


「お父様!! 目を覚まされましたか!!」


「国王様がお気づきになられたぞ!!」


「良かった………!」


これは一体どういうことじゃ?

何故ワシは医務室で寝ておる………。それもここは別館じゃないか?


上体を上げると、そこには数人の治癒士と、ワシの手を握る黒髪の女性―――愛娘アナルシアの姿があった。


「お父様!! ご無事でなによりです! お体はっ、痛いところは御座いませんか!?」


「あぁ、大事ない。それより何があったか教えてくれぬか? 何故医務室におるのかさっぱり分からんのじゃ」


「まあ………! 覚えていらっしゃらないのですね………」


眸を潤ませて口を震わせた後、俯いてしまった愛娘の代わりに、医務室に入ってきた銀髪長身の男:近衛騎士団団長ファリオンが、


「オケッツァ様の寝室もございますオシリアナ城居館は、何者かの大規模攻撃を受けたのです。それによりオシリアナ城居館は倒壊。そしてオケッツァ様は東のケツゲの森まで飛ばされていたのです」


「な、なんじゃと!?」


ワシの城が倒壊した、じゃと!?

なんということじゃ………!


つまり、ワシの寝室が………! ワシのコレクションが!!!


「お、お父様!? 立ち上がられてはいけません!! っきゃあ!?」


ワシは娘の手を乱暴に振りほどいてベッドを降りる。


こうしちゃおれん!! 一刻も早く見つけねばなるまい!! ワシのコレクションは無事なのか!?


「オケッツァ様!! なりません!! どちらに行かれるおつもりですか!?」


「ええい離せファリオン!! 極刑にするぞォ!!」


「な!? あの心優しきオケッツァ様が軽々しく極刑などと………ッ? おさわり! オケッツァ様の様子がおかしい! これは一体どういうことだ!?」


「いんやぁ~、頭打ってたみてえだから、記憶が混濁してんのかもしれねえな~」


「………っ!」


おさわり………? あの毛無しのやせ細った男のことか!? 誰だあいつは? 奇天烈な名前をしおって………!

それにしても頭を打ったじゃと!? 記憶が混濁!?


「そんなワケがあるまい!! ワシはしっかりと覚えておるわ!! ワシはケツタニア王国第二十四代国王:オケッツァ・オシリアナじゃ!! そこをどけ貴様ら!! ワシを邪魔する奴は全員極刑じゃぞおおお!!」


「お、お父様お止めください!! どこに! 何をしに行かれると言うのですか!?」


涙を流しながら縋りつく愛娘。

ええい鬱陶しい!!


「本当に分からぬのか!? 決まっておるじゃろう!!! これからワシが集めたコレクション―――極大ア〇ルプラグ達を救いに行くのじゃあああ!!!」


「ア〇ルプラグ………だと!? 」


「え!? あ〇るぷらぐ………とは、一体何ですか!? ファリオン!! あなたは知っているのですか?」


「アナルシア様………。非常に申し上げにくいのですが、オケッツァ様は………その」


「言いなさいファリオン!!」


「は、はい。オケッツァ様はご自身の肛門に、出来るだけ大きいものを挿入されたい、という隠された趣味がございまして」


「こ、肛門に!? いったい何故です!?」


「い、いえ私にもそれは分かりかねます………。しかし最近はめっきり興味を無くされたように見えたのだが………」


「何をぶつくさ言っておるのだこの愚か者共が!!!! 早くどけえ!! そしてワシの肛門にデカいア〇ルプラグをブチ込むのじゃ!!!! 早くせんかああああ!!!!」


ワシの慟哭に気遅れしたような痴れ者共を振り払い、そして衣服を脱ぎ捨てて廊下を走る。



「待っておれワシのア〇ルよ!!! すぐにデケえ奴をブチ込んでやるからのう!!!!」



  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る